日本で連載を持っている漫画家が何人いるかと検索をすると6000人という数が出てきました。これは古い数字なので多分今はもっと多い気がしますが、もしそれだけの人しか漫画を描いていなかった場合、漫画を描くためのソフトウェアは成り立たせにくいでしょう。
なぜなら漫画家が全員そのソフトウェアに年1万円払った場合でも、年間6000万円にしかならないからです。その場合、社員を年収500万円の人を6人しか雇えません(会社が雇用を維持するのに倍の費用がかかる想定です)。実際はさらに会社を維持するための間接的な経費なども沢山あるため、現役で連載を持っているプロの漫画家だけでは、ソフトウェアの開発とその維持をできる環境を保つのは難しいと思われます。
色んな事業の中のひとつとしてやれるかもしれませんが、儲かる事業でない以上、継続できるかどうかは分からなくなります。
上記では月額制として仮定しましたが、買い切りの場合はもっと難しくなります。たとえば漫画を描く用のソフトウェアが2万円の買いきりだった場合、6000人全員が買っても1億2000万円です。次のアップデートを買う人がその中の一部であれば、何年もしないうちに資金が枯渇してソフトウェアの開発もサポートも終了してしまうでしょう。
何かの環境を維持し続けるためにはそのための最低限のお金が日々必要です。売り切りのソフトウェアが難しいのは、大きなアップデートのとき以外にお金が発生しにくいため、維持することが難しくなることです。色んなソフトウェアがサービス化し、月額料金制に移行しがちなのは、その意味で仕方がないことだと思います。
さて、商業活動をしている漫画家だけではソフトウェアの維持は難しいという話をしましたが、実際は、アマチュアを含めた漫画を描く人は数十万人もいるようです。その場合、一人が一万円を払うなら数十億円になります。そうなると沢山の社員を雇い、開発を進めたり、維持してサポートをすることができそうに思えてきます。
アマチュア人口が多いということは、その中からプロが出てくるという意味もありますが、制作のための環境を維持する上でも重要なことです。これは、アナログ画材の場合も同じで、スクリーントーンやペン先などは、既にバリエーションが減ったり、維持が難しくなってきています。
なぜならば、デジタルに移行している描き手が多いからでしょう。
データを見たわけではないので想像を含んでいますが、周囲を見る限り、おそらくアマチュアで漫画を描く人の方がデジタル画材への移行は早かったように思います。同人誌を作ってもさほど本が売れるわけではないアマチュアは、スクリーントーンを大量に使うことが難しいですし、印刷所にデジタル入稿するためには何にせよデジタル化をしなければならないので、そうなる理由が沢山あるからです。
その流れもあってか、スクリーントーンは廃盤になっているものも多く、ペン先も廃盤になっているものがあるというわけです。維持するために必要な需要を割ってしまうと多様性は減ってしまいます。
今あるものもいつまであるかは分かりません。紙で同人誌を出す人が減ってくれば同人誌を刷れる印刷所の数も減っていくかもしれません。僕はiPadとクリップスタジオがなければ漫画を量産することができませんが、そのうちAppleがiPadとApple Pencilの製造を止めたり、セルシスがクリップスタジオの開発とサポートを止めることもないとは言えません。そのとき僕は漫画を描けなくなるだろうなと思います。
山本直樹先生は、Aldus SuperPaintで漫画を描いていると漫勉で見ましたが、それは僕も中学生だった95年ぐらいに触ったことがあるソフトウェアで、既に現役の動作環境はありません。当時は68kのCPUのMacで動いていたものが、PowerPC⇒Intel CPU⇒Appleシリコンへと変遷しておりバイナリの互換性がありません。OSも漢字talkの時代からMacOSになりBSDベースのMacOS Xになり、しばらくはクラシック環境として昔のアプリの動作環境も維持されていたものの、今ではとっくにサポート外です。
そのため、山本直樹先生はPowerMacの環境を予備を含めて維持しているとのことです。山本直樹先生が現役のうちはそれでなんとかもつかもしれませんし、どこかで全部故障してしまうかもしれません。仮想環境とかもあるのでそれでもなんとかなる可能性はありますが、同じ環境を維持し続けるということの前には様々な困難があり難しいことです。
今の自分はまだ大丈夫ですが、そのうち同じ問題に直面するかもしれません。今の製作環境と同じものを維持し続けるということは、そこにお金の流れがあり続けることだと思っていて、その流れを維持するために必要なのは、商業誌に連載をしている漫画家だけでは足りず、アマチュアの漫画を描く人たちの存在が必要だと思います。
仮に商業誌で連載をしていなかったとしても、皆で漫画を描く環境を維持しているという意味では、漫画を描く人たちは全員同じ船に乗った仲間です。プロだけいればアマチュアはいらない、みたいな話ではないなと思います。
今あるものがどうやって維持されているのか?漫画以外でも色んなものをそういう視点で見てみても面白いかもしれませんね。