漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

漫画の商業主義と作家性のバランス関連

 商業主義と作家性が対立するか?みたいな話題を目にしたので、思うところを書きます。なぜなら、僕は好きなようにやっていた同人活動から、去年あたりから商業誌の仕事をするようにも移行したので、その辺の感覚が今自分の中で、生っぽいからです。 

 

 同人誌は自己満足で作っていて、一番の顧客が自分自身なので、正直本が完成すればなんでも良かったです。

 同人誌を作る一番のモチベーションは、「作り始めた物語を完結させられること」です。物語って作ろうと思っても完結させるのって難しいという印象があります。ずっと構想のままで開いておいてもそこそこ気持ちいいですし、そこから完結させるところに持って行くには何らかの外圧があった方がいいと感じています。そのためにイベントのための入稿〆切を利用しています。ここまでに終わらせないといけないぞと思えば作ることができます。

 もちろん、出来上がった本を他の人が買ってくれるのは嬉しいですし、内容を喜んで貰えるとなお嬉しいですが、あくまでやっているモチベーションは自分のためです。なぜなら趣味だからです。

 

 一方で、商業誌の仕事をすることは、こういった個人の中に閉じた話ではありません。

 

 僕の認識としては他人の金(出版社の出してくれる金)を貰って物を作っているという感覚なので、貰っている金以上は、向こうに稼いで貰える状況にならないといけないだろうなと思います。

 最初は投資という名目で出して貰えても、長い目で付き合っていくなら、お互いにメリットがある状態でなければ、その関係は続かないだろうと思うからです。つまり、商業誌で続けていく以上は最低限の売り上げは達成しないといけませんし、そうしないのであれば、好き勝手な創作活動は同人誌でやれているのだから、同人誌でやっていればいいと感じています。

 

 でも、売れるっていうのは難しいですし、僕も今は「もしかしたら今後売れるかも?」という期待で仕事を貰っている状態だと思うので、一定以上に売れることが示せなければ、商業媒体での活動を続けられなくなると思います。

 また、「たとえ売れなくても本を出してくれ」とは言いにくいなと思います。なぜならそれは「他人に赤字の仕事を強いる物言い」だからです。自分がやりたいことのために、他人に赤字で働けと言う権利なんて自分にないだろうなと思います。

 

 凄く雑な試算をしますが、200ページの単行本があったとして、原稿料が1万円(実際はもっと安い場合も多いですが計算しやすいので)だとすると200万円の原稿料が必要です。単行本の価格が700円、製造原価が3割で販売費用が3割、著者印税が1割だとします。

 さて、何冊売れれば採算としてトントンになるでしょうか?

 

700円*x冊=700円*(0.3+0.3+0.1)*x冊+200万円

700円*(1-0.7)*x冊=200万円

x冊=200万円/210円=約9500冊

 

 つまり、大体1万冊ぐらい売れて、やっとトントンという話になります。今計算に入れていない諸経費がありますし(デザイン費用や編集さんの給与とかも入れていない)、電子版の収益もあるのでこれは本当に雑な想定で、一概には言えませんが、商業漫画として継続してやっていくには少なくとも万単位で本が売れなければ難しいという雰囲気は感じられるのではないでしょうか?

 でも公開されているPOSデータを眺めてみると、実際はそんなに売れてない赤字と見られる本も多いと思います(まだ無名な新人への投資的な本もあるのでそれをするのは必要なことでしょう)。ただし、赤字の本も多くあるならば、なおのこと黒字の本でその損失を埋めなければなりませんし、そのために黒字の本にはより黒字であることが求められるでしょう。

 

 ちなみに僕の同人誌の採算の話をすると、50ページぐらいの本を400円程度で売ることができ、100冊印刷して印刷費が30000円程度なので、イベントに参加して75冊ぐらい売れれば印刷費は回収、95冊ぐらい売れればイベント参加費も回収して、完売すればラーメンを2杯食えるぐらいの利益が出ます(1冊500円にした場合なら居酒屋に飲みにも行けそうです)。

 同人誌では商業誌の100分の1の冊数でも、本としての採算がとれてしまいますが、そこには「全部自分でやる」と「僕の作業がゼロ円で行われる」という前提があります。

 

 話を戻して、上記の説明を受けて、「商業媒体でやるには最低限の商業的利益が必要」という話には多くの人から同意がしてもらえると思っています。なので、そのためには出した本が一定以上売れなければなりません。

 そして、売るためには、普通は売ることを目的にした漫画を描かなければなりません。それが商業主義だと思います。その商業主義が「自分の作家性と反する」ということも当然あり得ると思います。

 

 そんな中で、自分の作家性が商業主義によって曲げられないようにするための一番分かりやすい方法は、逆説的にも思えますが「商業的に成功する」ということになると思います。

 自分の作家性を曲げなくても商業的に成功してさえいれば描けるでしょうし、そうできないのは売れていないからという悲しい話になっていまいますね。

 

 僕自身、自己満足で作っていた同人誌のまとめ本「ひとでなしのエチカ」と商業誌で連載している漫画「ゴクシンカ」の単行本を同時に出しましたが、Amazonの公開ランキングを見てみれば分かると思いますが、より売れているのは商業誌の連載のゴクシンカ方です。

 ゴクシンカは企画段階から、自分の作家性をベースに、少しでも人の目に留まり、話題になるようにとの願いを込めて立て付けを組み立てて描いているので、その差が一応見えているのではないかと思います(ただし、そこまでデカい差でもない)。

 

 ちなみにTwitterで公開した試し読みでは、ひとでなしのエチカの方がゴクシンカの5倍のいいねがついてるんですけど(9万と1.7万)、でも売れゆきで言えばゴクシンカの方が多いので、「反応が得られること」と「買って貰えること」も違うなと思いました。

 

 こういった少しでも売れるようにするために考えること(商業主義)が自分の作家性を曲げているかというと、自分ではそんな気はしません。

 ただ、読んでくれる人の反応の中には、同人誌でやっていた暗い話の方が好きで、連載でやっているコメディ色の強いものよりもそっちを描いてほしいとも言われたこともあります。ただし、暗い話のひとでなしのエチカの方も続刊を出すために、ヤングキングの方で商業ベースでやる予定です。

 

 「売るためにやっている」というのは、個人的な認識としては、「何か無理してやりたくないことをやっている」というよりは、「より多くの人に届ける方法とは何か?を考えている」ということじゃないかと思います。

 僕の場合は、そのより多くの人に届けるやり方として、今は「笑える」ということが良いのではないかと思っていて、人間の苦しみやその克服みたいな話をする上で、まず笑える話として人を引き込みたいなと思っています。じゃあ、人が笑えるって何だろう?と思って、それを考えるのも面白いです。

 

 漫画を描いて、それを読んで貰うのは、「自分の話を相手に聞いてもらう」ことと同じだと思っています。つまり、ただ一方的に主張しても耳を閉ざされるかもしれませんが、言い方を変えれば上手く聞いてもらえるかもしれません。

 このブログは、別に誰にも読まれなくていいので、好きなように書いていますが、会社の仕事で書く文章なら人に読んで貰えるため、そして内容を理解してもらうために様々な工夫をしています。なぜなら前者はひとりよがりで十分ですが、後者の目的は「伝えること」だからです。

 

 「好きなように書いたから読みたい人だけ読んでくれ」というのではなく、「この内容をより多くの人に伝えたい」と思うなら、それなりのやり方を工夫した方がいいだろうなと思っていて、商業誌で描く漫画というのは、より多くの人に伝えることがまず前提だから、当然そのやり方を考えるべきだろうなと思っています。

 問題は、それを考えることが本来描きたかったことを阻害してしまわないかというところです。ここに関しては、描きたかったことを阻害せず、なおかつより多くの人に伝わり易い形にするという最適な方法を模索しなければなりません。

 

 一方で、前述のように分かる人だけ分かればいいという方法でも100万部売れるなら、それが強いやり方だと思うんですよね。「今はスマホの小さい画面で読まれるからコマ数を少なくし、文字数を少なくして読みやすくしよう」というのも商業的な工夫ですが、「HUNTER×HUNTER」はそんなことを気にもしないコマ割りと文字数で漫画を描いています。

 これは「なら、そんな読まれる工夫なんて意味がないじゃないか!」という話では全然なくて、しなくても売れているものには、読んで貰えるだけのこれまでの蓄積と実績があり、実際に売れている結果があるから大丈夫なだけで、売れていない立場なら、様々なより人に伝わりやすくして売れるための工夫は当然しなければいけないでしょう。

 

 僕の漫画も文字数は多いので、減らした方がきっと読みやすいですが、編集さんとの間に「でも描こうとしている内容を上手く伝えるためには、この文字数が必要だから単純に削ればいいというわけではない(削ったら面白さも減ってしまう)」という合意があるので通して貰っています。でも、面白さを維持したままで文字数を減らした方がより伝わりやすくなるのかもしれません。それは今もより上手いやり方がないかを考えています。

 

 結局のところ、商業主義(より売るための施策)が作品の内容に影響を与えることがそのもの良い悪いではなく、商業的に漫画をやっていくのであれば、「作者として伝えたい面白さを、より多くの読者に伝えるための最適な方法を考えているか?」という話で、そして、その方法は一意な解があるわけでもなく、立場によっても異なりますし、無数の選択肢があります。

 

 その中で自分の作家性と商業主義(より売れること)の最適解を探していくことが、商業漫画の仕事をする上では必要だろうなと思ってそうしていますが、でも僕自身はまだ売れているわけではないので、その最適解は常に見つけてアップデートしていかないといけないなという認識です。

 

 もしかすると、好きなものを好きなように描いて何十万部も売れるようになったら、そのアップデートも必要なくなるのかもしれません(いや、そのクラスで売れている人もやっぱり色々なやり方を考えていそうな気がしますが)。