漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

漫画の1巻の初速が大事なことのメカニズム関連

 「漫画は最初の1週間の売れ行きが大事」という話はネットとかでもよく言われていると思います。この辺は僕が知っている限り出版社によっても基準がそれぞれ違いそうなのですが、そもそもの構造としてそうなりがちな性質があると思っているため、僕の認識を書いておこうと思います。

 なぜ書こうと思ったかというと、この辺の事実認識の差で人が揉めている光景を見たからです。

 

 ちなみに出版社が、売れ方と連載継続や増刷に関する詳細な基準までを漫画家に教えてくれることはあまりないと思います。なぜならケースバイケースなので、数字にしてしまうと作家と作家が比較できてしまい、なぜあっちはああでこっちはこうだという話に発展してしまう懸念からではないかと思います。なので僕も別に具体的な数字は教えられていませんし、これから描くのは僕の経験からの推測がベースになっています。

 ちなみに僕が漫画について一緒にやりませんかと提案してもらいやり取りしたことがある出版社は、漫画の大手3社を含む12社程度あり、これまで実際に描いてきた会社だけがこの文章のベースということではありません(変な推測で迷惑がかからないようにと思ってこの一文を書いているので、迷惑がかからないように理解してくれると助かります)。

 

 さて、紙の本には販売上の難しさがあります。その理由は「紙の本は物理的に物として存在する」ということです。情報として存在する電子書籍と比較して、物として存在する紙の本の難しさは、以下の3点です。

 

①複製することに時間とお金がかかる

②流通させることに時間とお金がかかる

③保管することにお場所とお金がかかる

 

 この3点にコストがかかることが発売後1週間で買ってもらえる方が販売上望ましいことの原因となっていると思いますます。ちなみに、電子の場合もこの3点は完全なゼロにはなりませんが、紙の本と比較すれば十分低いコストだと思います。

 

 「コストがかかる」ということは、採算性に影響します。得られる利益よりもコストが上回れば赤字になるからです。赤字になれば本を出し続けることが難しくなります。そのため、「売れ行きに対してコストが適正にする」という考えが必要となります。

 

 まず大切なのは需要に対して適切な量の複製(本の印刷をすることです)を行うということです。刷る前に本がどれだけ売れるかが分かっていればそんなに簡単なことは分かりませんが、ジャンプ漫画ですら連載を開始したものがすぐに打ち切られることの方が多いのを見れば分かるように、世の中に問うてみないと売れるかどうかは分かりません。それなりの予測はできると思いますが、最後は世に出してみて市場に判断されるというところになると思います。

 

 そのため、「まずはそこそこの数で刷って世に出してみて、足りなければ需要に合わせて増刷をする」というのが基本的な流れになると思います。売れるか分からない本をいきなり100万部刷ることはありえず、まずは1万部出してみて、売り切れるようなら増刷を重ねて需要と供給が大きくブレないようにするということが赤字を作りにくくなる方法です。

 

 この場合、難しいのは、①の本を刷るということにも時間がかかるということです。物理的な作業としても時間がかかりますし、印刷所の設備がタイムリーに空いているとも限りません。そして、印刷所で刷られたあとに、出版社から取次に本を移動させ、取次から小売店に本を移動させる流通にも時間がかかります。つまり、増刷をしようと思ってから本が実際に店頭に並ぶまでにはそれなりの時間がかかるということです。②の難しさですね。

 例えば増刷を判断して店頭に並ぶまでの期間を数週間としたとき(状況によると思いますが)、どのタイミングで増刷を決定するかが重要になります。

 

 そうなると一週間というのはその目安のひとつになるということが想像できるのではないでしょうか?なぜなら一週間以内に増刷を判断しないと、増刷された本が店頭に並ぶのが発売から一ヶ月後以降になるからです。漫画が新刊として扱われるのは一ヶ月ぐらいです。なぜなら一ヶ月後には次の新刊が発売されているからです。

 

 一ヶ月が経つと新刊棚から出版社ごとの棚差しに移動するか、返本されてしまうため、書店に沢山の本を置けるタイミングを逸してしまいます。つまり、③の保管場所が限定されているという話です。本が取次や出版社にはあっても、書店に置いて貰えるスペースがあるとは限りません。有限の敷地面積しかない書店で、露出を得られるタイミングは限られています。本が店頭にほとんどない以上、本屋で売れる機会は少なくなります。であるならば、販売チャネルの主はオンラインの書店に移ります。

 

 そして、十分な時間が経ち、取次にとっても売れる機会のもうないと思われる本を保管する意味は失われて返本され、出版社にとっても売れる機会のもうないと思われる本を保管する意味は失われて最終的に断裁処分されたりします。悲しいですね。

 

 こう考えると、紙の本をコストを最小化して効率よく売るための一番の勝ちパターンは、「大きく刷って発売直後に入荷したタイミングで一気に売る」ということであると思います。すでにヒットしている作品はそうなっていますね。そしてまだヒットしていない作品は、そうなるように繋げるというのが分かりやすい方法です。

 ちなみに、最初に刷った本がそんなに早く売り切れるのであれば、刷る部数を見誤っているのではないのか?という考えはあると思います。複製の効率としても少しずつ積み増すよりも一気に刷った方が効率がいいと考えられるからです。しかし、それでたくさん刷って売れ残ると赤字が拡大します。適正な冊数を読むのはとても難しいことなので、なんらか定量的な確証があった方がいいという話になってきます。

 じゃあ、そこにどういう手段があるのかというと予約です。

 

 予約が一定数あれば、具体的な売れ行きが数字を元に想像できるので、計画を立てやすくなります。予約数次第であらかじめ多めに刷っておくことも可能です。予約してくれると助かると言っている作家が多いのも、何冊刷ればいいのかの確度が上がるという意味があると思います。

 

 ただし、ここまでしている話はあくまで第1巻の話で、2巻目以降は確証のある数字の手掛かりがあります。それが「前の巻の売上」です。1巻を買わずに2巻を買う人はあまりいないため、2巻は1巻の売上よりもほぼ確実に下がります。同様に3巻4巻と繰り返すにつれてさらに下がっていきます。それに合わせてだんだんと刷る部数が減っていくのが紙の本です。そしてどう考えても採算が合わない場合に打ち切りになるのだと思います。

 

 ここで分かるのはこと新人漫画家にとって、「増刷しない連載は続かない」ということです。なぜなら1巻の時点で安全を見て、さほど利益もでない(人件費を考えれば赤字でしょう)部数しか刷られていないため、刊行を続けていくうちに部数が減っていけばすぐに赤字になることが見えているからです。それでも紙を出し続けると、最後は刷った時点で全部売れても赤字が確定しているので、紙の本を出せないという判断がされることもあり、最終巻電子のみになってしまうなんていうこともあります。

 一方で、人気のある漫画家であれば、最初からドカっと刷れるかもしれないため、増刷をせずとも採算の合う本を出し続けられるかもしれません。

 

 このように、紙の本というものは物理的に存在しているため、電子と比較してひとつひとつの行動の実行に時間がかかり、それぞれにコストもつきまといます。

 効率よく売る方法はありますが、効率が悪い本はどんどん売れなくなっていきます。売れないと冊数が減り、冊数が減ると露出の機会が減り、露出の機会が減ると見つけてもらいにくくなり、入手の機会も減っていくことで、そこから部数が増える要因がありません。そうして売れる本と売れない本の差は構造的にとても大きくなります。発売後に十分時間が経ってから何らかのきっかけで知られることがあったとしても、すでに店頭にある本が極小になってしまっていると、そのわずかな冊数が売れて終わりです。

 仮にそこで増刷の判断があったとしても、瞬間的に発生した機会であれば、数週間後に増刷が完了したころにはもう忘れられているかもしれません。

 

 悲しい話ですが、でも今は電子書籍があるのでその瞬間的な需要に応えて買ってもらうことが可能です。いい時代になりましたね。そして紙の本は難しいですね。

 

 まとめると、紙の本はそんなにタイムリーに複製したり、流通させたり、置き場所を確保したりができないので、瞬間的な需要に対しての機会損失が大きい商材です。そのため、発売直後というそれが一番出揃っているタイミングに判断できないと、どんどん負のスパイラルになっていくものだと思います。これは一企業の努力ではなかなかどうにもならない領域であると思います。書店数は減っていますし、漫画の新刊点数は毎月千冊を超えている状況で簡単に打てる手があるようには思えません。

 なので、紙の本は発売後1週間で買ってくれるとありがたいというのは、それが今の環境における負のスパイラルを打破する方法のひとつであり、少しでもそうなるように仕向けるしかないというのが実態ではないかと思います。

 でも実際は1週間で新規読者に見つけてもらうのは至難のわざですし、この構造の中で消えていく本も多いでしょう(皆さんは毎月千冊以上でる新刊のうち何冊を知っていますか?)。そのために各社は既に色々なことをしており、例えば、まず最初の一巻分は雑誌連載と並行して、Webで常に読めるようにしたりしているところもあります。それはそうやることで、発売直後の1週間が終わるまでに、どれだけ多くの新規読者に「この漫画を買おう」と思ってもらうかが勝負だからでしょう。

 

 でもそれって苦しいですよね。紙の本が売りやすいスイートスポットの時期が狭いために、そこに最適化するしかないというのは苦しい状況です。新しいものを人に知ってもらうのには時間がかかるのが普通だからです。ここから解放されるための分かりやすい方法もあります。

 それは、紙で出版することを最初から諦めることでしょう。

 

 ちなみに、今では電子版が売れているから紙では売れていなくても連載が継続する漫画も多くあります。電子ではめちゃくちゃ売れているのに紙では全然という本は既に多くあり、その中で極小でも紙を刷る漫画もありますし、最初から紙を刷らないことにしている出版社ももうとっくに多くあります。

 今はまだ過渡期だと思いますが、近い将来、漫画は紙でも出るものという認識はまったく当たり前のものではなくなり、CDの初回限定版がそうなっているように熱心なファンだけが少し高めのお金を払って集めるものになる可能性もあるのではないかと思います。

 

 実際、僕の漫画は電子版の方が紙の何倍も売れていますし、ネットで宣伝をすれば普通に売れて小金が入ってくる電子版は、自分にとっては活動を続ける上でとても都合がいいものです。なので、僕は漫画活動としては基本的に電子版が売れればいいという認識を持っています。

 でも紙の本は好きなんですよね。自分の本も少しでもいいから紙の本として出て欲しいという欲があります。そして、好きな作家の本も紙で手元に置いておきたいです。

 なので、時間を空けるとどんどん手に入りにくくなっている紙の本を、一番手に入りやすい時期に入手しておいた方が楽だろうと思って、最近は結構意識して予約して買っていたりします。