漫画皇国

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役割を担うことと経験の栄養バランス関連

 仕事をしていると素の自分ならやらないようなことを沢山やるようになります。それは仕事上で何らかの役割を担っているので、自分自身ではなく役割の方がやるべきことを決めて、それをしぶしぶやっているような感じです。

 

 2年少し前に課長になってからはそれがより加速していて、課長の役割でも担っていなければ絶対にやらないようなことをやるようになりました。今も毎日のようにもう課長なんて辞めてえよと思いながら数々のプレッシャーの中で仕事をしていますが、一方で、課長という役割を担ったことで素の自分の方にもその影響が生まれていて、その変化自体は気に入っています。

 

 具体的に言えば、組織を運営する上での責任を担うことで、自分ひとりのことではなく課のメンバーで構成された系がどれだけのパフォーマンスを出せているかを見れるようになりました。また、外部との交渉能力を手に入れたことで、言われたことをただ諦めてやるのではなく、よりよい仕事や労働環境とは何かについてコントロールできることも増えてきましたし、それでもコントロールできない苦しさをうまい具合に分解して、乗り切ることもできるようになってきました。

 

 この辺の能力は素の自分なら得る機会を避けている領域なので、課長をやることになって色々できることが増えてよかったなと思います。できることが増えると、目の前のシチュエーションに対して選択肢が増えるので、選択肢がなくて苦しんだり、選ぶことができずに停滞することが減ると考えられるからです。つまり、生きる力が大幅に強くなっています。

 

 何かができるようになるためには、その能力を伸ばすための経験が必要です。最初から何もかもできる人もいるかもしれませんが、凡人は練習してできるようになりますし、それを使うシチュエーションが増えることで手慣れてくるようになります。素の自分なら苦手なことからは逃げ回るので、能力を伸ばすための経験自体が不足し、それゆえに能力が伸びないので、さらに逃げ回ることになったりします。

 

 それは経験における栄養の偏りのようなものです。役割を担って、自分とは違う自分となり、その領域で培ったものが自分自身にフィードバックされることで人は変化していくのではないかと思います。好きなことしかせず、栄養を偏らせてできることが少ないよりも、栄養バランスを考えた経験ができるということは自分の生き方から苦しさを減らし、寿命を延ばすのではないかと考えています。

 

 若いころでいえば英語がありました。英語教育は受けているものの新入社員の頃は全然喋れず、海外の会社との電話会議をしたとしても一言も喋らなくて上司に怒られたりしていました。英語が下手だから喋りたくなく、喋らないから上手くならないという負のスパイラルです。

 転機は、国際標準化の仕事をするようになって年に4、5回海外に一人で送り込まれるようになったことで、そこでは自分が担うべき役割があり、会合に出席するほかの人たちに自分の会社の意見を伝えたり、議論をしたりする必要があったため、それを必死でやっているうちに苦手意識はなくなりました。今も別に英語がペラペラというわけではありませんが、自分の意見を英語で伝えようと思ったり、他の人が喋っていることを聞き取ろうとすることへの忌避感は、仕事をするうちに消えたので、逃げる必要がなくなったのでよかったです。

 

 車の運転とかもそうですね。僕は近年は日本全国の色んな場所に呼ばれて仕事をしたりしているのですが、交通の便が悪いところではレンタカーを使うしかなく、でも今仕事をやるまではペーパードライバーで10年以上運転をしていなかったので、運転が怖くてできなかったし、できないから怖いままという状況にありました。でもやらないといけなくなったので、ペーパードライバー講習に行ったりもしつつ、仕事で運転するようになったことで、こちらも忌避感が消え、今ではどこかに行くときに車を借りていけるようになったので、行動の選択肢が増えました。

 

 他にももっと専門的な仕事の関係で色々ありますが、とにかく仕事をしていることで経験における栄養の偏りが解消されていくので、自分という人間が社会生活を送る上でのバランスがどんどんよくなっていることを感じます。これは働かずに暮らせたとしたら自分には起きなかったと思われる変化で、仕事をしていてよかったなと思える部分です。

 

 この辺で思い出したのは、寄生獣に登場する寄生生物のミギーが、5体の寄生生物を人体に宿した後藤に取り込まれる下りの話です。ミギーはそれまでたった一人で右手に擬態して生きていましたが、後藤に一時的に取り込まれたことで、神経系も接続されたでしょうし、大きな集団の中での自己という役割を担うことになりました。ミギーはそれを心地よかったと感じ、そして、再び後藤から引きはがされて戻ってきたときにも、その内部構造に影響を残します。

 これは個人と集団の関係性の暗喩ともとらえることができます。後藤の強さは、寄生生物が受ける信号「この種を喰い殺せ」が五体分集まった強さだと言われますが、それは人間が集団になったときの恐ろしさと同じと捉えることができるのではないでしょうか?そして、それまで個人として生きてきたミギーは集団の中で生きる心地よさを学び、できることが増え、一人に戻ったあとも集団の中で役割を担ったことで変化を遂げます。

 

 そういう意味では、僕は会社という後藤の中で今影響を受け、変化をしている真っ最中で、いずれ会社に外から毒が打ち込まれることによって正気を取り戻し、後藤(会社)の中の重要な器官を引きちぎって去っていくのではないかと思いました。

 そして会社員経験により変化を遂げた僕は、今手元にある経験だけを使ってしばらく一人でやりたくなってしまうのかもしれません。

 

 実際のところはそれはすでに先に来ているような気もしていて、僕が描いている漫画の内容の多くも、会社員生活を送る中で経験したことを物語にしているので、泉新一くんがピンチになることでもない限り、すでに思索の中に耽溺できているのかもしれませんね。

 

 まあともかく会社員を辞めたい気持ちはすごく持っていますが、会社員をやってきたことについては良い影響がすごくあるという自覚をしています。

 もしかするともっともっと会社員をやった方がさらに良い影響がある気もしますが、実際どうかは分かりません。