漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

難しいぜ、紙の本を売るのは関連

 今月は色々僕の漫画の単行本が出ており、それがどのように売れるかについてめちゃくちゃ興味があります。今回だけでなく、今後の売り方を考えていく上で、今どのように売れているかを把握することはとても重要なことだと思うからです。

 

 僕が売れ行きについて中心的に見ているのは、7月に完結して今月2巻が出た「ゴクシンカ」と、本日出た2巻で同人誌の再録が終わり、新作を準備中の「ひとでなしのエチカ」です。それぞれ状況が異なるため、売れ方にも違いがあり、その差から色んな仮説が立てられるなと思っています。

 

 さて、「ゴクシンカ」の連載が長く続けられなかったのは、単純に言うと、「紙の本の売れ行きが良くなかったから」です。電子版については、「新人が初めて出した単行本にしてはそこそこ売れている方」という感じではありますが、「新人が初めて出した単行本にしては」という言葉を除けばまだまだ売れているとは言い難く、電子版の売れ行きは、連載を続けていく上で紙が売れていないことをカバーできるほどではないというのが実情です。

 この結果については仕方がないと思っています。売れれば全てが大丈夫だったので、売れていると堂々と言えるところまでいかなかったのが悪いですし、採算性の悪い本をどうにか継続して出してほしいとも思わないからです。

 

 編集部は色々手を尽くしてくれて、2巻のページ数はできるだけ増やしてもらいましたし、様々なものを再構成しながらも描きたかったことは描き切ったので、ゴクシンカは満足感のある連載になりました。面白いと思うので読んでみてください。

 

 いきなり余談ですが、「こんなに電子書籍が普及しても、やっぱり紙の本が売れないとダメなのか?」という話は色んな人から聞かれたりしました。僕の認識としては「場合による」です。僕のケースでは紙の本で最後まで出すということが重要視されているために2巻で終わらせるという感じで、例えば、2巻の売れ行きがさらにぐっと減った場合に、最悪3巻は紙では出せず電子のみになってもいいなら、とりあえず続刊するというやり方もあるかもしれません。実際そういう漫画も結構ありますよね。

 

 そもそも紙の本も出るということがいつまで当たり前なのか?という話もあります。紙の本を最初から出さない前提であれば、黒字化のラインがぐっと下がるので、連載を継続しやすくなります。実際「もっこり半兵衛」は、2巻まで紙の単行本が出たあとは、電子版しか出ない方式に切り替わりました。徳弘正也先生の作者コメントを見る限り、連載は一人で行っている体制のようなので、アシスタントの費用が不要な状態であれば、原稿料と電子版の売り上げのみで、作者も出版社も黒字化することができるから連載が続いているということなのだと思います。

 現在は紙の価格が高騰していることもあり、もしかすると遠からず、紙の本が出るのは一部の雑誌や売れ行きの作品だけの特権となり、電子版のみの単行本の方が多くなることも考えられます。実際、特にWeb系の連載では、今でも電子版しかないことも珍しくなく、Webtoonなどはそもそも紙で単行本化をするビジネスモデルでは最初からありません。

 

 現在の漫画雑誌というものは基本的に赤字で発行されているものだと思います。赤字の雑誌で漫画を連載して、その連載を単行本化することで利益を回収するというのが今主流のビジネスモデルです。しかし、それは今後も不変のものではないと思います。例えば、スマホで完結するWebtoonはそのモデルではありません。

 そもそも昔は漫画は雑誌連載のみで完結しているもので、連載作品を単行本としてまとめて出すことで儲けるというモデルも、出てきた当時は新しいビジネスモデルでした。アプリで連載されている作品は、連載時の先読み課金だけで十分利益が出ているものもあります。漫画でお金を儲けることについて何が正しいかということについては、「今、このビジネスモデルにおいては」という前提が常にあるもので、前提が異なれば正解も異なるものだと思います。そして、その前提は変わっていくものだと思います。

 

 さて、話が戻ってきますが、ゴクシンカの売り方については何ができるのか今悩んでいます。その理由としては通販サイトなどで1巻は軒並み在庫なしになっているなど、「1巻の入手性が悪くなっている」と感じられているからです。

 1巻の入手性が悪くなるとどのような問題があるのかというと、既に1巻を買っている人なら2巻も紙で買ってくれるかもしれませんが、新規読者は1巻を買えない状態で2巻を買ってくれるということはないと基本的に考えられるため、1巻の入手性が悪いことが2巻の購入の機会損失になるのではないか?と思うからです。

 店頭に2巻が並んでいたとしても、買ってくれるのは、入手困難な1巻を既に入手済みの人だけでしょう。1巻を持っていない人にとっては、どれだけ本が並んでいたとしても最初から買う対象に入ってきません。

 

 Amazonのランキングやネット通販の在庫については、定点観測をしておりましたが、2巻発売後ほどなくしてAmazonの在庫もなくなり、続いて他の通販サイトの在庫もどんどんなくなっていました(発売から10ヶ月程度経ち、保有在庫が絞られていたためだと思います)。唯一残っていたヨドバシカメラも先日なくなりました。

 ただし同じぐらいのタイミングで、出版社の担当に動いて貰ってAmazonは注文可に戻してもらったのでなんとか買える状態は保つことができています。

 

 以下、僕が勝手に推察していることも多く、出版社に細かいことを直接確認したりはしていないので、間違った認識や不正確な情報を含むかもしれません(という免責です)。

 

 Honya Clubやe-honのステータスを見るとゴクシンカの1巻は「品切れ」の表示になっています。これらは取次が運営しているサイトなので、書店の情報とも連動して見ることができ、品切れ表示は「出版社に注文することができない」という状態であるため、つまり、なんらかの理由で「書店から求められても出版社側にも卸せる在庫がない」という状態だと思います。しかしながら、別にそれは完売していることを意味しません。というか、僕の認識ではまだ1巻の在庫はたくさんあるはずです。

 

 では、その隙間を埋めるものが何と考えられるかと言うと、理由のひとつは「市中在庫としてまだ売れていない本が存在している」ということではないかと思います。書籍には返本制度があり、書店は売れなかった本を出版社に戻すことができます。つまり、書店に置かれている本は、まだ売れていない在庫であるという意味では出版社の倉庫にあることと同じです。

 おそらく今は2巻発売に合わせて1巻を再度入荷してくれた本屋もあったりするのではないかと思っています。なので、そこそこあるはずのゴクシンカ1巻の在庫は、今そのようにして入荷してくれた、もしくはずっと本を置いてくれている色んなところに散っている状態なのではないか?と思いました。全国津々浦々のどこかの書店の棚や、通販サイトの倉庫になどです。

 

 「売れるかも」と思って書店が仕入れてくれるということはとても嬉しいことだと思います。ただし、その本が結局売れないままに返ってきたときには、それは売れずに余ったのままです。そして僕のようなまだ始めたての漫画家のファンが、在庫のある書店の近くに住んでいるとも限りません。必要な人に必要な本を買えるようにするという最適配置問題として考えた場合、これは難しい問題だなと思います。

 書店での注文や、ネットの通販を使えば、必要な人の元に直接届けることができますが、市中在庫としてのみ存在している場合には、出版社への追加注文ができなくなるため、その手段はとれなくなります(返本されて戻ってくるのを待たなければなりません)。今はAmazonの在庫が復活したので、その手段がありますが、そこにもなければ、欲しいと思ってくれる人がいたとしても、その人に届ける手段はないという歯がゆい状態になってしまいます。

 

 個別の事例で言えば、池袋のジュンク堂はゴクシンカの2巻を多く仕入れてくれています。ですが、1巻の在庫はゼロになったままです。出版社に追加注文できないということはせっかく2巻を多く置いてもらっているのに1巻と併せて買うことはできない、つまり、1巻から新しく買おうとする人は別途Amazonで注文しつつ、2巻だけをジュンク堂で買ってもらうというやり方になってしまいます。それをやるぐらいなら両方ともAmazonでよくない?という話になり、せっかく多めに仕入れてくれているジュンク堂が不利な状況になってしまうかもしれません。

 もしそうだったら申し訳ないなという気持ちも出てきます。

 

 こういうことが紙の本を売る上での難しいところのひとつだなと思いました。何十万部と売れる本であれば市中在庫も誤差の範囲に留めることができるかもしれませんが、特に新人レベルではこの状態になってしまうと、最悪、欲しい人のもとに届けることが出来ない状態が継続したのに、時期を逸したあとに本が返ってきて結局余ってしまうという状態になるケースもあると思います。

 僕が今あんまりのんびり構えていられないのは、2巻も色んな書店の店頭にある時間は残り短いと考えているからです。1巻が手に入らず、新しく買おうと思っている人が2巻を買おうと思える状態になる前に、2巻も店頭から姿を消すかもしれません。そうなったら、せっかく買おうと思ってくれた人がいたのに、結果的に紙の本は売れなかったという状態にもなる気がするんですよね。

 

 こういった、漫画を欲しいと思って貰うことの先の、その人に本を届けることの部分でも色々なハードルがあり、新人の少部数の漫画を上手く欲しいと思ってくれる人に届けるということが難しいなと思っています。その解決方法のひとつは出版社による増刷ですが、増刷は多くするほど効率的ですが、した分だけ全部が売れるわけでなければ、なくなりつつあった在庫リスクを改めて抱えてしまうので、特にゴクシンカのような既に完結した漫画では、この後、特に話題になる展開もないため、増刷をする判断はされにくいのではないでしょうか?今後、何か賞をとったり、メディア化でもされれば別ですが。

 

 あと他の理由としては、市中在庫以外に出版社側が在庫をすぐに取次や書店に卸せないみたいなこともあるのかもしれませんが、その辺については会社個別の事情もあるでしょうし、よく分からないので、よく分からないなと思っています。

 

 なのでとにかく、紙の本を売るのって難しいなという話でした。

 ただし、僕は基本的には長く売り場に置いて貰える電子版で継続的に売れればそれでいいと思っているので、紙の本は最初に刷ったものを欲しい人だけ買ってくれればいいというような感覚です。でも、せっかく紙で欲しいと思ってくれる人がいるなら手に入って欲しいですし、紙の本が余ったりすると、いずれ断裁されるのが嫌なので、今ある分はできるだけ売れるようにしたいなとも思います。

 

 この辺すべて、漫画が紙と電子を併せて十分売れた、と言えるぐらいに売れれば解決するところだと思うので、小手先ではなく本筋の話としては、その売れたというところを目指そうと思います。

 今日は「ひとでなしのエチカ」の2巻の紙の本も出たので、どういう感じに売れていくかの定点観測を続けていきたいと思います。