漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

歌が物語の感情的要約として機能する関連

 基本的に在宅勤務の生活になってから、家にいるということを利用してアニメを見ています。

 何を見ているかというと「プリティーリズム」と「プリパラ」というアイドルのアニメを見ていて、これがめちゃくちゃ良いので、既に300話ぐらい見ていますし、遠からずシリーズ全部見終えることができそうです。

 

 プリパラの中に出てくる曲で「ぷりっとぱ~ふぇくと」というものがあって、これを聞いているとめちゃくちゃ泣けるなあと思っているのですが、歌詞の一部を抜粋すると以下のようなものです。

ぷぷぷ プリプリぷり 夢を磨くぷり

歌詞は全部この調子なのですが、聞いていてめちゃくちゃ泣けるなあと思っています。でも、この歌詞だけ初見で見ても泣けるとは誰も思わないよなあとも思います。なら、なぜこの曲が僕の涙腺を刺激するかというと、この歌が物語の中でどのように歌われたかという文脈があるからです。

 

 この歌を歌う、みれぃちゃんはSoLaMi SMILEというアイドルユニットの一人で、語尾にとにかく「ぷり」という言葉をつける女の子です。初登場時、アニメの中なので、こういう人も存在するのかな、でも、意外と現実的な部分もあるし、この子は学校でいじめられていないだろうか…?という心配をしていたのですが、それは杞憂でした。

 なぜならこの「ぷり」は自分がアイドルとして活動するために一生懸命考えたキャラ付けだったからです。普段のみれぃちゃんは優等生の委員長で語尾も普通なのでした。

 

 プリパラの第二期では、2つの派閥に分かれてのアイドル同士の戦いが描かれます。その2つの派閥とは「才能」と「努力」。プリパラはゲーム筐体を元にしたアニメなので、そのゲームを遊ぶ全員がアイドルです。プリパラは「み~んなトモダチ、み~んなアイドル」という言葉をキーワードにお話が進行しますが、作中のひびきさんはそれを欺瞞だと主張します。アイドルとは選ばれた才能のある人間がやるべきもので、一部のアイドルと、沢山のファンがいるという構図の方が正しいと主張するのです。

 そして、みれぃちゃんは努力側の人間です。真面目で一生懸命なみれぃちゃんは、ウケるアイドルとは何かを一生懸命研究し、普段学校に通っているときの自分とは全く別のアイドルみれぃを生み出しました。

 一方、SoLaMi SMILEにはみれぃちゃんと本作の主人公のらぁらちゃんの他に、天才のそふぃちゃんがいます。そふぃちゃんは天才であるために、何の努力もなしに最高のパフォーマンスができてしまいます。その代わり、体力がなく、精神もある種のスイッチがなければアイドルとして切り替えられないという事情も抱えていますが、そのそふぃちゃんがひびきさんの考える才能派のアイドル側にスカウトされてしまうのです。

 

 そこから先にみれぃちゃんが見せられるものは残酷なものでした。他の才能に囲まれることになったそふぃちゃんの才能は今まで以上の羽ばたきを見せ、今のみれぃちゃんには決してできないレベルの最高のショーをやってのけるのです。みれぃちゃんはどれだけ努力をしても、恵まれた才能を持つ相手がさらに高みを目指すのには敵わないということに打ちひしがれ、アイドルであることを諦めてしまうのでした。

 

 「ぷりっとぱ~ふぇくと」は、そんな努力派のみれぃちゃんが、もう一度努力でアイドルを続ける決意をした後の歌です。その過程には様々なドラマがあり、特にガァルルちゃんという「自分はアイドルにはなれない」という沢山の女の子たちの挫折の気持ちから生まれたボーカルドール(プリパラの外に人間としての実体を持たないアイドル)が、初めてのショーをする話がめちゃくちゃいいのですが、それは別の機会に書くとして、とにかくそういう色んな過程を経て生まれた歌なのです。

 

 一生懸命考えた後天的なキャラ付けの語尾を、他人に否定されても、特殊な語尾を使わない他のアイドルたちが自分の頭の上を軽々と越えて行っていたとしても、それでも、その語尾を増し増しにして歌詞に乗せ、この上なく明るく前向きな姿を見せ、これからも進んでいくという意志をこの歌から感じ取ることができます。

 その結果、なんていい歌なんだ!と思って僕はすごく感激してしまうわけですが、これはつまり、物語から受け取った感情が頭の中にストックされていて、歌を鍵として開放しているということだと思うんですよね。

 

 物語で体験した気持ちが、歌の歌詞の一言一言で解放されていくコンボのように機能します。これは逆説的には、物語を体験していない人にとっては理解のできない感情かもしれません。

 

 そんな感じに、プリティーリズムの曲もプリパラの曲もサブスクで聞き放題なので聞いているんですが、ひとつひとつの歌が、それが歌われたシチュエーションと関連付けて記憶が呼び起こされるので、めちゃくちゃ感激しながら音楽を聴いてしまったりしているわけです。

 

 さて、こういう現象は他にもあるので、いくつか例示したいと思いますが、最近では「からくりサーカス」の主題歌であった「月虹」です。

僕の正しさなんか僕だけのもの どんな歩き方だって会いに行くよ

の一節は、作中のフェイスレスという男を思わせる歌詞です。彼はこの物語の悪役ですが、全ての中心にいる人物でもあります。彼は自分が追い求めたものをそれが手に入らないと分かっても諦めず、どれだけ歪な方法であったとしても、ただひたすらに求め続けた悲しい男です。この歌詞はフェイスレスのどす黒い太陽のような気持ちを連想させ、そして、それが誰にでもあるような挫折を諦められなかった果ての果てにあったものであることに深い悲しみを感じます。

 また、聞き続けることで、これはフェイスレスだけのことではないとも思えるようになりました。例えば、主人公のひとりである鳴海もまた、歪な歩みを続けた男であるからです。この歌詞にピッタリの足を引きずるように進む鳴海の絵もあるのですが、彼の人生は、彼が背負う死んでいく人の想いを背負ったために、どんどん自分のものではなくなっていきます。

 彼のその辛い道のりや、背負った想いへの気持ちが、全てこのフレーズで解放されていくように思えて、物語の極端な要約として機能するのではないかと思って平静で聴くことができません。

 

 これらは、物語の要約と考えるには、極端に削り込み過ぎているので、情報が抜け落ち過ぎていて、ここから元の全体像を再現することはできません。しかしながら、物語の持つ感情の要約としては十分に機能していると思っています。つまり、元の物語を読んだことがある人は、ああ、この歌を聴いて感じることは、あの物語を読んだときの気持ちと同じだと思えるのではないかということです。

 

 また、これは僕の感覚ですが、100の量の感情があって、それを100の時間で体験するのであれば平静でいられるのですが、同じ100の量の感情を1の時間だけで体験することになるとき、自分の処理できる感情の許容量を超えてしまって、暴走してしまうという実感があります。つまり、長大な物語の持つ感情をひとつの歌で表現するということは、その条件に合致する部分があって、だからめちゃくちゃ良く感じてしまうのかもしれないですね。

 

 他にも実例は沢山あるのですが、ひとつ特殊な例だけ紹介して終わろうと思います。

 欅坂46の「キミガイナイ」という曲に、以下のような歌詞があります。

本当の孤独は誰もいないことじゃなく

誰かがいるはずなのに一人にされてるこの状況

これは別に何かの作品のタイアップの曲というわけではないのですが、「HUNTER×HUNTER」の念能力にこの曲名から名前をとった「二人セゾン(キミガイナイ)」というものがあります。この能力は、カチョウという女の子の能力で、妹のフウゲツと自分のどちらかが死んだとき、守護念獣がその姿となり、もう一方が死ぬまで側で護るというものです。

 作中では、フウゲツを護って死んだと思ったカチョウが生きていた…と見せかけて、実はこの能力が発動したということが分かりました。つまり、フウゲツはまだカチョウが生きていると思い込んだままで二人での王位継承戦の戦いに舞い戻ることになるのです。

 

 この状況は、歌詞そのままではないでしょうか?フウゲツはカチョウがまだ生きていると思い込んでいますが、実際はカチョウは既に死んでいて、側にいるのは同じ姿をした念獣です。フウゲツが置かれているのは、自分たちは2人だと思っているのに実際は1人です。つまり、これが本当の孤独です。

 フウゲツはいつか、それがカチョウではないと気づくのだろう、そして、実は自分がとっくに孤独になってしまっていたという事実に気づくのだろうと思います。

 

 そうであることを、僕は漫画を先に読んだ後で初めてこの曲を聴いたとき、その歌詞を聞いた瞬間に読み取ってしまい、道を歩きながらめちゃくちゃ泣いてしまいました。鍵となるものは、何も専用に用立てたものでなくともいいということが分かります。この例では、漫画側から合わせたと言えますが、それはそうと人は連想で頭の中で色んなものを繋げることで、記憶の中の体験のフタを開けることができるんだなあと思いました。

 

 僕は、同人誌の漫画で、好きな曲のタイトルを漫画のタイトルに使ったものをいくつも作っているのですが、それらの物語自体は別に歌詞の内容を漫画に起こしたものではないオリジナルなものです。ただ、その漫画を読んだときの感覚は、その歌を聴いているときの自分の感覚と同じ心理的BPMにできないかなと思っていたりはします。

 当初はそういうことを特に意識してはいなかったのですが、今はそうすることで、自分の描いた漫画を使って、好きな曲をより好きになるみたいなことを試してみているのかもしれないな?ということを思っています。