うろおぼえの話ですが、ツボに石を入れるみたいなたとえ話があって、デカい石をツボに入れたあと、そこに小石を入れ、最後に砂を入れてパンパンにするみたいな話で、その話の教訓は、デカい石は最初に入れないともう入れられないという感じの話でした。
良い話だなと思いますが、そこからもう一つの結論も見出せると僕は感じていて、それは、「デカい石も砕いて砕いて砂にしてしまえば、入れられるタイミングを作れる」ということです。
僕は会社員と漫画家の二足の草鞋をやっており、その上で、同人活動もしたり、原画展の企画をしたりと、色んなことをしています。それらを必ずしも計画通りにはできていないですし、今日も遅れていた仕事を気合でなんとかしたところですが、破綻はさせずになんとかできています。
その、ギリギリなんとかなっている領域で意識しているのは、「各種の仕事をどこまで砂にできるか?」ということです。
一日の生活の中で2時間集中できる時間を確保するのは難しいですが、5分だけなら見つかるかもしれません。その5分を一日に24回見つければ2時間になります。
その5分に入るものが砂です。仕事を砂にできれば、その5分を活用できます。
5分ぐらい手が空く瞬間を生活の中に見つけることはさほど困難ではないと思います。例えば、外食で注文した料理ができるのを待っている時間や、電車を待ったり乗っている時間です。人と待ち合わせをして待っている時間や、映画館について予告編が流れている時間です。短いですが、テレビやYouTubeを見ているときのCMの時間や、スプラトゥーンのマッチングの時間なども使えなくはありません。
そのような時間を自然と活用できれば、生活を大きく変えることなく兼業が可能になります。
別に世間の多くの人は兼業なんてしたくないと思いますが、僕みたいに、商業誌で漫画を描くチャンスが目の前にあるけど、会社を辞められるほどにそこに賭ける気にはならない人間にとっての希望の光が兼業です。
兼業は上手くできれば、ローリスクです。ローリターンかハイリターンかは売れるものを描けるかによりますが、少なくともハイリスクローリターンを避けることはできます。
さて、それではどのように砂にしていくといいでしょうか?
大きな考え方は2つです。
①作業を細かく分割する
②分割した作業を瞬発力で処理できるようにする
①はまあどこかに切れ目を作ればできると思うんですけど、工夫が必要なのは②です。せっかく細かく分割した作業も、手をつけられなければ意味がないからです。
5分なんていうわずかな隙間時間は、「やりたくないな」「めんどくさいな」と思っていたらすぐに過ぎてしまいます。作業チャンスはすぐに消えます。そもそも作業なんて基本的には気乗りがしないものです。なので、どうやって瞬間的に手をつけるかが重要となってきます。
作業の分割は、おおざっぱに言えばコマ単位で分割、工程単位で分割、絵の中のオブジェクト(キャラの1人1人、背景の物体単位など)単位で分割などで考えています。
そして、そうやって分割された作業があるときなのに、手をつけられないことがあります。手がつけられないときに自分の頭の中を観察してみると大抵、作業内容を実態以上に大きく感じています。
分割しているのに大きく感じるというのがどういう状況かというと、それは「不確定要素が大きいとき」です。不確定な部分を過大に見積もってしまい、瞬発力だけの一瞬で手を付けるには作業量が大きいなと感じ、「今じゃない」と思ってしまうことで先延ばしにしていまい、手をつけられません。
その場合の対策は、「不確定要素を排除し、作業量を見積もれる状態にすること」です。例えば原稿に大体のアタリは入れているものの、ペン入れでどのような構図にするかが確定していないときなどがそれにあたります。
自分が今からやらないといけないことがクリアに見えていない場合、それは重たい作業になるので、重たいことはやりたくありません。
例えば、「目の前のボタンを押してください」と言われたらすぐ押せますが、「この部屋のどこかにあるボタンを探して、マニュアルを参照して、正しいボタンを押してください」と言われたらとても面倒になります。部屋のどこにボタンがあるのかが分からないときに、「探すのかあ」と思った時点で頭の中に膨大な作業量が広がり、後回しにしてしまいます。
そういうときは、例えば「部屋の区画の一部にボタンがないかを探す」というような、見積もり可能な作業に置き換えるとやりやすくなります。
漫画の具体的な工程の話としてするなら、僕は基本的に構図は3Dモデルを使って決めています。その理由はパースの正確性もありますが(なお、正確であればいいというものでもない)、それよりも「試行錯誤のしやすさ」にあります。線で絵を描いて構図を探ると、線を描いたり消したりしながら何度もやり直して構図を探っていくことになりますが、3Dモデルなら、カメラをちょっと引いてみるとか、角度をちょっと変えてみるとか、人間の立ち位置を保ったままで様々な角度からよりよいの構図を探す試行錯誤がストレスなくできます。
ストレスなく構図を探れるということはつまり、作業の見積もりが過大にならないということです。そうやって一旦3Dモデルでどこに何を描くかが決まれば、その後は見積もりしやすい作業になります。
また、一旦キャラ同士の立ち位置を3Dモデルで固めると、次のコマの構図を決める場合に、既に前の立ち位置が決まった3Dモデルがあるので、そこからの変更で描くことができるようになります。3Dモデルをイチから並べる必要もなくなるので、作業の見積もりも小さくなります。
このように、不確定なものを減らすことを意識しながら作業工程を分割することで、まずはこれだけやるかと思いやすくなります。
自分が何を不確定で重たく感じるのかはそれぞれ作業を進める中で見極める必要があります。
次にペン入れですが、ペン入れをするときに心がけるのは、「失敗してもいい」と思うことです。失敗しないようにペン入れをしなければと思うと力みがあり、力みは作業を重たくします。
せっかくやり直しが簡単なデジタルで作業をしているのだから、失敗なんていくらでもしていいわけです。失敗したなと思ったら、そのレイヤの透明度を上げて下描きだったことにして、改めてペン入れをすればいいだけです。僕はこの二段構えを双龍閃と呼んでいます。ペン入れを一度失敗しても、まず何か描いてあるだけで、再度ペン入れをする際のガイドになるので、格段に作業がしやすくなります。
下描きについて心がけているのは、「完璧な下描きを描こうとしないこと」です。完璧な下描きは正確になぞる必要がありますが、正確になぞろうとすると線が死に、完璧を破壊されたペン入れになります。ペン入れはあくまでいつも最初に一発で決めるという心持ちとし、下描きはその参考のためのガイドラインでしかないと考えるといいと思っています。なので、最悪、ぐっちゃぐちゃの下描きでもいいわけです。どこに何を描くかのガイドにさえなればいいので。その場合、下描きをするということが一息でできる簡単な作業になります。
なぜならちゃんと描かなくてもいいからです。何か適当なものが描かれているだけで、ペン入れをするときの精度が上がるので、とりあえず何か描いておけばいいという話になります。そう、砂になってきましたね。砂のように下描きができるようになります。
また、大事なのは「中途半端なところでも平気で作業を止めること」です。取り掛かる前に作業量を見積もってしまいますが、どこでやめてもいいならその作業量は小さく見積もることができるようになり、砂になります。例えばキャラの目だけ描いて終わりにしてもいいです。
いつ止めてもいいことと思うことは、始めるハードルを下げる効果があります。
実際、僕が作業をしているときには数分間をワンセットとして、すぐに飽きて作業を放り投げています。そして、数分間スマホを見るなどをしたあとで、またすぐに作業を再開します。そして数分後には放り投げたりします。
漫画の作業をしているときは、ツイートも増えるのですが、それはSNSに何かを書くことも、漫画を描くことも同じぐらいの粒度の砂になっているので、隙間の中で入れ替え可能なものになっているからです。
そのような感じに、色んな作業を細かい単位でむちゃくちゃに分散させながら、順不同に進める中で、ぼんやりと浮かび上がっているように進めているのが僕が今やっているやり方です。
なんとなく、「順列都市」に出てくる塵理論にも似ているなと思います。時系列に沿って順番に進めなくとも、できるところから分散させて計算を進め、その中の主観ではその順序入れ替えに気づきもせずにつじつまが合います。何言ってるか分からない人は「順列都市」を読んでみてください。読んだうえで、全然違うじゃねえかと思うかもしれません。
このように僕は、漫画の原稿をじんわりとあぶり出しで出てくるように描いています。非常に細かく分割した作業単位を、隙間時間に数分間だけ集中してこなし、それが十分な回数繰り返された結果として、コマが完成しています。いきなり10の作業をすることはできませんが、一息でできる1ずつの作業を空き時間に10回繰り返すことで終わらせていくようなイメージです。
なので、飲み会とかで僕が飲みながら漫画を描いているところを見ている人は、僕がいきなり作業を始めたかと思うと、いきなりやめているような光景を見ていると思います。長時間集中することは大変なので、それは瞬間的に盛り上がったわずかなやる気を数分だけ消費してこなしている状態です。
ここで重要なのはiPadを使っていることが前提で、作業を始めようと思ったら数秒で作業ができる環境が重要です。なぜならば、例えばアナログ原稿で、原稿や文房具を広げるところから始めないといけない場合、その作業量が大きすぎて、「やろうかな」と瞬間的に思っただけのわずかなやる気では作業開始にまで至らないからです。
iPadで漫画を描いているおかげで、一瞬を逃さず数分だけの作業をできるようになって、このやり方ができるようになりました。
このやり方の問題点は、作業の進め方がむちゃくちゃなので、一人で描くときはいいですが、アシスタントに仕事を頼むことが難しくなるということです。アシスタントの人に描いて貰うには、仕事を作らないといけませんし、手が空かないようにちゃんと段取りを考えないといけません。それは力みであり、力みがあると自然に自分の作業を進めることができなくなります。
今は一人で描いているのでいいですが、人に手伝ってもらうことになったら、今のようにはできないだろうなと思います。
まとめます。
兼業で漫画を描く場合、毎日何時間かの集中する時間を作るのはとても大変です。時間のマネジメントも大変ですし、そのための多大なやる気を捻出するのも大変です。なので、わずかなやる気で数分間だけ集中して作業することを、回数を繰り返して進めていくという方法が、少なくとも僕には合っていることが分かりました。
そのためには作業を細かく分割していくことです。そして、その分割された作業は一瞬のやる気だけで取り掛かれる見積もり量に抑えなければなりません。なぜならば量が多いと思ったら取りかかれないからです。
そこで出てくるのが、不確定要素を減らすことを目的とした作業分割です。まずは不確定な領域を減らすことだけの手を付けやすい作業を作り、そこだけやったらいいことにします。そのように自分のわずかなやる気でできることに合わせたやり方をするのがいいと思います。
さらには、本当にやる気がないときに、条件付けで進める方法もあります。心とは関係なく、この条件が満たされたら何かをするというように自分をしつけることで、例えば、この椅子に座ったらiPadを取り出すとか、やる気を消費せずに作業に取り掛かれるまで自分を制御できるようになると大変作業はスムーズになります。
最大静止摩擦力のように、人の心も最初に動かすことに一番大きなエネルギーが必要で、一旦動き始めたらそれよりも少ないエネルギーで動き続けられます。そのように最初に必要なエネルギーを抑えるというアプローチも大切ではないかと思います。
自分に合う方法で、少ないやる気で何かができるようにやる方法を模索してみるといいですね。
ちなみに、こういう話をインターネットに書くと、「そんなことをしてまで漫画なんて描きたくないんですけど?」みたいなコメントがよくつくのですが、僕がそこに思うのは、描きたくないのなら別に描かなくていいと思うということです。こういう話はあくまで、できれば描きたいけど、今上手く描けていない人へのヒントになるかもという可能性に向けて書いているので、描きたくない人は最初から想定読者ではありません。
「描きたいと思うのに、実際は描けなくて苦しい」と思うのは、以前の自分がそうであったという話で、その状況をなんとかするためにやり方に工夫を重ねているのが今回紹介したような考え方とやり方です。
やりたい人はやってみてください。やりたくない人は一生やらなくても誰にも咎められるようなことではないと思うので、気にせず生きましょう。
【追記】
参考までに僕が実際にどれぐらいの下描きをして、ペン入れをしているかの例です。
ネーム兼下描き→ペン入れ。 pic.twitter.com/YgM8lJeRYA
— ピエール手塚🍙 (@oskdgkmgkkk) 2024年7月10日
ネーム兼下描き→ペン入れ→トーン。 pic.twitter.com/FEh0Txd6LS
— ピエール手塚🍙 (@oskdgkmgkkk) 2024年1月14日
下描き→ペン入れ。 pic.twitter.com/SSlzlZNlZg
— ピエール手塚🍙 (@oskdgkmgkkk) 2023年4月15日