漫画皇国

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漫画家になりたければまず一作描け関連

 先日、「漫画を描きたいと言いながら今一作も描いていない人間が漫画家になれるはずがない」みたいな話をネットで目にして、その描いていない人に対しての厳しい意見が沢山目に入りました。

 

 僕は30代半ばで、ひょっとしたら今なら漫画が描けるんじゃないかと思って、チャレンジしたら描けたので、そこからうっかりプロの漫画家になったりしましたが、これは大人になってから初めて描き始めたということではなく、大学では漫研にいたので、20歳前後あたりでも漫画を描いてみようとしたことはあって、でも、ちゃんと最後まで描けなくて挫折したというその前の経緯があります。

 

 その後、30代半ばになって、会社員としての経験を色々経た後で、「今できないことを、なんとかしてできるようにする」ということをある程度筋道立ててできるようになってきたので、そのノウハウを応用すれば漫画だって描けるようになるのではないか?と思い立ち、色々試行錯誤したら漫画が一作描けたいうのが全体の話です。

 

 なので、「漫画を描きたいと言いながら1作も描けたことがないような人間」というのは若い頃の僕のことであって、でも色んな幸運の流れに乗った結果、今は会社員との兼業ですが漫画家になっています。

 

 つまり、僕は「漫画を描きたいのに一作も描き上げられない状態が十数年続いていた」状態ですが、漫画家になっており、「漫画を描きたいと言いながら今一作も描いていない人間が漫画家になれるはずがない」という意見については僕自身の存在が反証となります。

 一方で、一作も描けていない人が実際に漫画家になれない例も沢山あるのだと思います。でも、30代半ばまで一作も描き上げられなかった人間からすると20代でまだ描けてなくても自分と同じだし、もしそこで一作でも描けたら僕よりよっぽど早いので、僕よりは優秀だと思います。まだ可能性がある。

 

 僕自身の経験で言えば、漫画を一作描けたら、二作目を作るハードルはかなり下がりました。一作描くということはそれだけの経験値が入ることなのでとてもオススメです。でも、描けないですよね。僕は描けなくて十数年過ごしたので、本当によく分かりますよ。漫画なんて描けない。

 

 こういうときに、描けないのは「本当はやる気がないから」だとか、「漫画家という立場が欲しいだけで描くことには興味がないんだ」とか、「目の前の嫌なことからの現実逃避で言っているだけ」とか言われがちだと思うんですけど、そういうのもあるかもしれませんが、頭の中にはこういうお話を作りたいと思い描いていて、そのパーツはいくつも持っていても、それが具体的な形にならないことだってあるんですよ。

 もしそうなら、そこでやった方がいいのは、その人が描けないことがいかに愚かなのかをあげつらうのではなく、描けるようになるための道筋をつけられた方が良くないですか?と思います。

 

 僕自身が描けないことに対して、なぜ描けないのか?と思った時には以下の理由が考えられました。

(1)描いているうちにこれって面白くないんじゃないかと思って進められなくなる

(2)描く作業がしんどくて続けられない

(3)描きたい絵を描く画力がなくて描けない

(4)上記の3つが原因で完成が無限に先延ばしされる

 

 描けない理由が分かれば、それを一つ一つ解決していけば描けるようになるはずです。なぜなら描けない理由がないからです。描けない理由を解決したのにまだ描けないなら、まだ埋もれている理由があるということで、それを明文化して、解決するということを繰り返せば、原理的にいずれ「描ける」に到達するはずです。

 

 僕の場合はまず(4)の解消のためにコミティアに申し込みました。この日までに入稿しなければならないという明確な〆切を設定するのが最初のステップです。そうなってくると(1)にも変化が出てきます。面白かろうが面白くなかろうが、〆切がくるため、面白いものを作るための試行錯誤には時間的な限界があり、面白くなくても最後まで描こうという気持ちが生まれます。

 (2)は当時コミックスタジオというデジタルで漫画を描けるソフトを買ったところで解消しました。まずはとにかく枠線を引くのが嫌だったので、デジタル技術がスイスイっと枠線を引いてくれるので、やりたくない作業をテクノロジーが解決してくれます。あとは紙をスキャンしてゴミ取りをするみたいなのが本当にやりたくなかったので、下描きからの全てをデジタル環境で完結するようにしました。

 残るのは(3)なのですが、当時の僕は2人の人間が喋っているだけで成立する話にしようと思った覚えがあります。なぜならそれは人の上半身が描ければ描けるので、自分の画力でも描けると思ったからです。こういう漫画は初心者がやりがちで良くない漫画であるというような言説もあったのですが、逆を言うと、初心者でも描けるスタイルであるため、まだ描けたことのない自分にはうってつけだと思いました。

 

 それぞれの問題に対する対策ができましたが、それでもすんなりと描けたわけではありません。結局ネームが描けない⇒ネームが出来ないから作画ができない⇒なのに〆切は近づいてくるという問題があり、新たな課題として、

(5)ネームが描けない

が発見されました。この解決方法はシンプルで、「ネームを描かない」というものです。いきなり1ページ目の作画を始めることで解決しました。そうすると出てくる問題は、「何ページの漫画になるかが分からない」とか「最後が上手く終われるのかが分からない」がありますが、前者はアタリだけつけておいて、後者はそもそも面白くない漫画を描こうとしているので、最後のページで登場人物の頭に隕石が当たって死んでおしまいだっていいわけです。後戻りできない形で漫画を描き進めて、最後は着地点をなんとかひねり出すというというやり方が生まれました。

 

 このやり方は自分にはとても合っていて、なぜなら漫画の作業を進めながらもネームが確定していないため、ここからいくらでも面白く出来る余地があり、このネームで作画しても面白くならないのでは…と思いながら描くのに比べてモチベーションが上げやすくなります。

 さらに、一回描いたものを絶対に後戻りできないようにするためのもうひとつの方法として1ページ描けるたびにネットに上げるなどの方法も併用するようになります。ネットに上げるのは漫画を描く上での細かい報酬を得るために今もやっていて、進捗の数字の増減があることの嬉しさや、こいつサボってるのでは?と思われないようにするという外面の取り繕いなどで、作業がとても進みやすくなります。あるいは皆が想像もしていないような1ページを上げることで驚かせてやろうというようなことも思います。

 

 ともかく、そういう出来ない理由をひとつひとつ潰していくとか、やるために自分がやりやすい環境を整備するという色んな工夫を積み重ねることで描けるようになりました。この1回描けるようになったというノウハウは2回目にもすぐに応用可能ですし、今も細かく改善しながら漫画を効率よく描ける仕組み作りをしています。

 

 ちなみに最初に描けた漫画「つじつま合わせに生まれた僕等」は、商業誌掲載用に描き直したものがこちらの単行本の最初に収録されています。読めば、僕がいかに描けるものだけでお話を描こうとしていたかの試行錯誤が見て取れるかもしれません。

 

 

 ただし、これはあくまで僕に有効だった方法であって、他の人にそのまま使えるかどうかは分かりません。ネームがないのに完成するのは出来ないと言う人もいますが、僕はできたのでその辺りも人によって差があると思います。ちなみに、ネームなしで物語を破綻させないコツは、「テーマの設定」で今描いている展開がテーマに照らして意味があるかないかを考え、ある方を描いていれば、内容は自由でも話は大きくブレません。

 

 漫画を今描けないなら、自分がなぜ描けないのかを分解して考えることが有効だと思います。このような大きな仕事を小さな課題に切り分けてひとつずつ解決するというのは、僕が会社員の仕事をする中で身につけたものなので、会社員をやると漫画家になりやすくなると言えるかもしれませんね。

 

 なので、もし漫画を描いてみたいけれど描けないと思っている人がこの文章を読んでいるなら、もうちょっと一般的に、以下のことを試してみるのがいいのではないかと思います。

・不完全なものでもこのタイミングで表に出すという強い〆切を設定する

・〆切に向けてこのタイミングまでに何ができていないといけないかの小〆切を設定する

・面白くないなと思っても小〆切に向かってとにかく描き進める(試行錯誤は有限のリソースとする)

・描けない絵が出てきたときには、描けるもので代替できないかを考える

・他に手が止まったときにはなぜ止まったのかを考え、その理由を今できることで解消していく

 

 これができれば、〆切と設定したところまでには何かができているはずです。それは面白くなくてもよくて、面白くないなら、なぜ面白くないかを考えるフェイズに入ります。そこには、他人の読んでもらってどう思ったかを聞くことなども入りますし、描き終わっていればそれができるようになります。

 

 なお、直し方は読んでくれた人がコメントしてくれた通りでなくていいと思います。あくまで自分自身が今の面白くない漫画をどう捉えるのがいいかというところと、それをどうすれば今より少しでも面白くなるのか?を考えることが重要だと思います。

 漫画を描き続けて行く上では、この「今の自分の漫画をどうすれば今よりも面白くなるかを考え続けること」はずっとやり続けなければならないことだからです。その訓練をまずはしていく必要があり、僕も日々それをしています。

 

 実際、漫画を描きたいのなら、まずは一作完成させるのがスタートラインです。ちなみに商業漫画家なら、漫画の単行本が出て、世間の人々にこの漫画を買おうと思うか?と問われるところまでは、ずっとスタートラインだと思います。読者がお金を払ってでも自分の漫画を読みたいと思ってくれるかというところでどれだけやれるかが商業漫画家のやるべきことだと思うからです。

 僕は今のところまだそんなに多くの人に買いたいとは思って貰えていないと思いますが、今は漫画の仕事を続ける中でそこで試行錯誤を続けており、何をどう改善すればいいのかを考え、自分自身の漫画で実験してくことは面白いので、続けられる限りは続けたいなと思っています。

 

 とにかく、漫画を一作描くのはとても大変なことだと思っています。でもそれができれば色んな選択肢が広がっていくので、今描けていない人は何らかの手がかりを得て、描けるようになるといいですね。繰り返しますが、34歳までにそれができれば僕よりはずっと早いので、僕より才能があると思います。