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漫画の原稿料に対する3つの観点関連

 漫画の原稿料が高いか安いか、単行本制作における描き下ろしや修正、表紙の絵に原稿料が出るか出ないかということについて議論が行われることがあり、そこには色んな立場からの目線があって、どういう観点で捉えるかによってはすれ違うだろうなと思います。

 原稿料がどうあるべきかの捉え方については大きく3つぐらいの観点があるんじゃないかと思うのでそれを書きます。

 

①雑誌への掲載料としての原稿料

 こちらは立て付けとしてはそうなっているという捉え方です。

 漫画家は漫画を描き、その原稿を雑誌に掲載する権利を売ってお金を貰います。つまり、製造物として原稿を納品しているわけではなく、原稿はあくまで漫画家自身のもので、それを雑誌に載せることを許諾するという形でお金を貰っているということです。これは漫画家にメリットの大きい立て付けで、つまり、その後に原稿をどのようにしようと漫画家の自由です。

 ただし、連載開始時や単行本化時に、雑誌掲載を行った出版社で単行本を作るところまで独占的に行える契約が結ばれることが大半だと思います。なので、掲載誌と異なる出版社で単行本化されることは実際は少ないですが、定期更新される単行本の契約を継続しない判断をすること、あるいは調整して途中で破棄することで、後々に別の出版社から新しく単行本が出ることもあります。

 漫画の業界は、漫画家の権利は強いことが一般的となっており、その意味で日本の漫画業界は漫画家に優しい契約体系となっていると思います。それにより、他の業界が自分の業界の常識で漫画家に提示した契約書が、漫画業界よりも多くの権利を要求するものであったりして、それがしばしば揉め事の種になることがあります。

 さて話を戻しますが、原稿料を雑誌掲載料とした場合、雑誌の製造原価に組み込まれるべきものです。漫画雑誌を作るために原稿料を支払い、漫画雑誌を売ってその払った料金を回収できれば一番筋が通っていますが、実態としてはそうならないことが多いはずです。なぜなら漫画雑誌は単体では赤字で発行されていることが多いからです。

 そうなる理由は、現状の漫画雑誌は広告媒体としての役割があるため、できるだけ多くを発行し多くの人に読んでもらう必要があるからだと思います。それは載っている漫画の知名度を上げて、単行本を売りやすくするために重要ですし、雑誌に載せる広告単価を上げるためにも有用なことです。そのために、赤字で発行している雑誌の原価計算において、漫画家に支払う原稿料を上げるということは赤字をさらに拡大させることということであり、それによって雑誌そのものの存続を危うくさせる可能性も高まります。

 だからこそ構造として、漫画雑誌側は原稿料を上げたがらないものだと思います。「原稿料を上げてこれ以上赤字になるなら雑誌が出せない」というところのバランスで見るという視点があるからです。

 そういった事情もあってか、紙の雑誌の発行による赤字の拡大を抑える意味でも雑誌を休刊し、Webやアプリでの掲載に移行するケースも近年では多く見られ、それは今後も増えていくと思われます。Webの無料掲載においても依然として赤字で行っているという部分は消えません。紙の雑誌を発行するよりは赤字幅は小さいかもしれませんし、Web広告掲載による多少の収入もあるでしょう。でも、原稿料を支払う部分を含めれば基本的に赤字でしょう。

 例外としては、話売りや先読み課金などによって、雑誌掲載時点での売り上げが立つ場合です。先読み課金の多い連載では原稿料以外にそのお金が支払われるため単行本化を待たずして黒字になるケースもあるそうです。

 連載をしているだけ単行本を出さずとも出版社が黒字になるという方向に上手くシフトしていければ、原稿料を上げる上ではいいとは思うものの、全部の連載が先読みで黒字ということはないと思うので、そういった連載は最低限の原稿料で据え置きという対処がされそうに思います。これらはビジネスモデルの問題だと思うので、より良いものが出てきて、なり替わることを期待する必要があります。

 

②単行本ビジネスの原価として捉えられる原稿料

 雑誌連載が赤字前提だとすれば、出版社は単行本で収益を上げなければなりません。何しろ雑誌は出すほどに赤字なので、単行本まで赤字で出すと出版事業が成り立たないからです。ここ何十年かの出版社は基本的にこのモデルだと思います。ただし結果的に原価を回収できず、赤字で出ている本というのは沢山あり、売れている本の収益によってその赤字が補填されているというのが実態だと思います。売れている本の収益で、この先売れるかもしれない本に投資する構造が出版社の一つの役割です。

 そうやって、もしかすると売れるかもしれない本を沢山出しながら、その多くが赤字でも、どこかで大ヒットを出せば継続できるというのがある種の出版事業の実態だと思います。何が当たるかを正確に読める人はいませから、そのためには、色々な新しいものを沢山出す必要があります。

 まだ売れてない漫画家も、施されていると思う必要はなく、出版社が自分の将来の可能性に金を賭けていると思えばいいと思います。たとえ、赤字の本を出し続けていても出版社が可能性に賭けたいと思ってくれる限りは商業誌の漫画家を続けることができると思います。

 

 さて、紙の単行本の利益をざっくり式にすると、

(定価-販売手数料)×売れた数-原価×刷った数-各種経費(保管費や販促費など)

というようなものだと思います。

 

 この式で利益を出すのであれば、以下のようなやり方があるはずです。

・沢山売る

・定価を上げる

・刷った数と売れた数の差を減らす

・原価を抑える

 ここで言う原価は紙の本を刷るための製造原価と編集費や各種デザイン費等ですが、漫画家に対する独立採算で考えるならここに支払った原稿料も含まれることになります。

 200ページで800円の本があったとして、ページ単価が1万円だとすると、200万円の原稿料が発生し、800円の定価のうち、販売手数料が3割、製造原価が3割、著者印税が1割とすると(適当な仮定です)、出版社に入るのは3割の240円。200万円の原稿料を回収するには8333冊売れる必要があります。実際は刷った本が完売するわけではないので、採算分岐点はもっと高いですし、各種経費も含まれていません。

 

 例えば、原稿料が3倍になったら、採算分岐点はもっと上がります。そして特に新人漫画家の多くは、いきなり何万冊もは売れたりはしないものです。基本赤字になると見ていいと思います。

 

 このように原稿料が上がると単行本の採算分岐点が大きく上がってしまうため、上げることにはリスクがあります。そして、単行本がたくさん売れて原稿料が上げられる余地のある漫画は、そもそも印税収入が高くなるので、漫画家側としても原稿料を上げるモチベーションは相対的に低下してしまいます。

 

 このような仕組みから、原稿料が低く抑えられやすいのだと思います。それによって、単行本単位の赤字が抑えられるため本が出しやすくなり、多くのまだ可能性だけの新人がデビューできやすくするという構造の下地にも繋がっていると思います。

 結局、安く使えるから機会が与えられるという話なので苦しい話でもありますね。

 

 ところで、これまでの説明に、理屈としての間違いがあるのは分かりますでしょうか?

 その間違いとは、「原稿料があくまで雑誌への掲載料であるのであれば、そもそも単行本の原価に原稿料は含まれないものである」ということです。もし原稿料が雑誌の発行時点で採算がとれていれば、原価を回収済みの原稿が既に存在しているために単行本単位での採算分岐点はもっとずっと低くなるはずで、赤字にはなりにくいということです。原稿料を雑誌と単行本で二重に原価として計算しているということですね。

 

 そもそも雑誌を赤字で出しているのはあくまで出版社の判断であり、出版社が雑誌を黒字にできていればいい話で、その赤字の責任を漫画家に求めるのは理屈に合いません。しかしながら、出版社がビジネスがそういう構造である以上は、ある漫画家にいくら支払っていくら利益が出たかという採算管理としては理屈に合っているとも言えます。

 

 つまり、新人の単行本が赤字になりやすいという状況は、今のビジネスモデルがこういう仕組みになっているからという話だということです。そしてそれは、それぞれの立場の人が、誠実に仕事をしていて、悪いことをしているつもりがなくとも漫画家の原稿料が低く抑えられるということが起こってしまうことだと思うんですよね。

 なので、繰り返しになりますが原稿料を上げられるようになるには、出版社のビジネスモデルが別のものに移行する必要があるということになると思います。もしくはヒット作で死ぬほど儲かっていて、赤字の本をいくら出しても大丈夫という状況になるかですが。

 

③新人漫画家の収入としての原稿料

 以上を踏まえた上での話です。①の観点でも②の観点でも、漫画の出版は現状こういうビジネスモデルが一般的になっており、そういうお金の回り方をしているのは、別に漫画家を搾取してやろうなどいう悪意などはなくやられていると思いますし、それで今のところ回っているという正しさもそこにはあるでしょう。

 一方で、その正しく回っている仕組みの中で新人漫画家が売れるまでの活動を続けられるかどうかというところにも問題があります。

 

 例えば、原稿料が一万円だとして(新人なら比較的高い水準だと思います)、月に32ページを描けば収入は32万円です(源泉徴収とか消費税は単純化のため省略します)。

 月刊連載としてはこれぐらいのページ数が標準的で、暮らせる金額だなと思います。ただし、それは一人で描いた場合の金額です。作画スタッフを2人雇って、月に10万円ずつ払ったら、残りは12万円です。そうなると原稿料では暮らせません(作画スタッフもそれだけでは暮らせません)。

 なので安定した生活のためには一人で全部描くか、ページ数を増やす必要があります。

 

 別の考え方としては、単行本が売れればそのお金が入ってくるので、原稿料では生活できなくてもいいという考え方もあります。漫画家は基本的にこちらの考え方でやるものだと思います。でも、この考えの場合に、単行本が売れないとどうでしょうか?連載をしても生活ができるお金が稼げず、単行本が売れなければ、連載を頑張ったのに最終的に赤字、借金だけが残ることさえあります。

 新人漫画家が初めからヒットを飛ばせられれば何も問題ありませんが、今ヒット作を描いている人たちも、最初からヒットは出せなかった人たちも多くいるのを確認できると思いますし、最初の連載で借金だけを抱えて辞めてしまう人もいる状況は、将来のヒット作を描けるかもしれない人を排除してしまっているかもしれません。

 

 そのため、大手の出版社は連載準備金としてまとまった額を新人漫画家に出すこともありますし、問題意識はちゃんとあると思います。ただし、対症療法的でもあると思います。

 

 さらに最近では書店数の減少や、出版点数の増加、紙自体の値段の高騰や、電子への移行で、紙の本が売れなくなってきているという事情もあり、初版部数が抑えられることも多いと思います。人に聞いた話では驚くような数しか刷られていない話も聞きます。紙の本は刷った時点で刷った数の印税が先行してもらえるケースが多いので(実売しか支払われないケースや増刷されないと印税がゼロという話もあるそうですが)、とりあえず単行本を出せばまとまったお金が得られていたはずが、今では紙の印税は本当に微々たるものになっているケースも多いと思います。

 そうなってくると漫画家の資金繰りはさらに難しくなります。電子の売り上げが振り込まれる頻度が半年に1回の出版社では半年待たないとお金が入りませんし、いくら入るのかも振り込まれるまで分からなかったりします。これでは計画を立てにくいでしょう。ただし、もっと振り込みの頻度の高い出版社もありますし、自社アプリの売り上げは毎月振り込まれるという話も聞くので、今後は変わってくるかもしれません。

 

 このあたりになると、結局どれだけ余裕をもって連載に臨んでいるかという話になってきます。連載の準備期間中は無給ですし、連載が始まったら原稿料では赤字、紙の部数は少なくて、電子の売り上げはずっと先にしか振り込まれないという状況では、資金繰りが破綻してしまう人も出て来るのではないでしょうか?

 先に触れた連載準備金や、出版社によっては年次契約の拘束料が支払われるケースもあるので、このあたりも出版社がなんとかしようとしていることはあります。でも、その網にかかることができない人もいます。

 そうなってくると、ある程度貯蓄がないと連載を始めるのはリスクが大きいという話になってきて、新人漫画家をやることは大きな賭けになってしまうんじゃないかと思うんですよね。

 

 ちなみに僕自身も新人漫画家ですが、その辺の懸念があるために資金繰りについては色々考えて行動しています。

・会社員を兼業しているのでそれで既に生活が賄えている

・一人で連載をしているんで原稿料だけで黒字を出している

・資産形成にも前から取り組んでいるので投資の収入がある

・連載を複数やることで漫画の収入が途切れないようにする

 これらによって僕の生活基盤は盤石なので、振り込みが遅くなろうが新連載が始まるまでに時間がかかろうが、全然平気で立ち回っています。

 専業漫画家にならないのか?という話は前からよく言われるのですが、まだヒット作を出せていない状態では収入の不安定さが気になるのでなっていません。ただし、兼業を数年続けていることで資産形成の部分が加速しており、全く働かなくても最低限の生活はできそうになっているので、専業の道も見えてきたという状況です。

 

 でも、こんなやり方を新人漫画家の多くがやるか???と言うと、やるわけないだろ!!アホか!!!!ってなるんじゃないでしょうか。

 

 現状の新人漫画家の道としては以下の3つがあると思います。

ア)すぐにヒット作を出して生活の不安がなくなる

イ)貧乏や借金に耐えてヒット作が出るまで頑張る

ウ)漫画以外の収入基盤を元にじっくり続ける

 

 ア)に辿り着ければ素晴らしいですが、そうでない人も沢山います。ウ)は僕が選んでいるやり方で、でもこんなことできねえという人も多くいます。イ)の状況は環境変化で悪くなっているように見えて、その領域で耐えている知人も多くいます。耐えられなくなると、ひょっとしたらもう少しあとにヒット作を出せたかもしれない人の道が途絶えてしまうんじゃないかと思ってしまいます。

 で、この辺って原稿料が上がればかなりましになると思うんですよね。

 

 なので漫画の原稿料は上がった方がいいと思うのですが、前述の①と②の状況から上がらない方が回りやすいという構造的な問題があるのも見えていて、ビジネスモデルの転換が求められているんだろうなと思います。

 次に来る漫画のビジネスモデルが何なのかという話についても考えはあるのですが、この文章は既にかなり長いので今回はここまでとします。

 

 まとめると、

・新人漫画家が活動を続けるには苦しい環境変化が起こっている

・原稿料が上がるといいが現状のビジネスモデルでは上げにくい構造がある

・なので漫画ビジネスの在り方の転換が求められている

 と思うという話でしたとさ。