40歳を過ぎて、肉体の老化を感じることが多くなりました。
大きなところでは目と脳です。
目はピントを合わせるのが難しくなったり、暗い部分で何かを見るのが苦手になりました。基本的にメガネをかけているのですが、メガネをかけている状態でものを見ることがしんどくなり、部屋の中では裸眼で回りがぼやけたままで過ごす時間が増えました。文字を読んだり、画面や絵を見たりするのが好きなので、この先見えにくくなると嫌だなあと思っています。本を読んだりゲームをしたりがしにくくなると思うからです。
目の老化に関する医療技術の進歩に期待しています。
脳もどんどん衰えているのを感じます。具体的な例では、一度に覚えることができるものが減り、脳が情報を保持したままで別のことをすることが困難になってきました。コンピュータになぞらえると、チャンクサイズ(一度に扱える情報量)が小さくなり、さらには情報を保持するメモリの量が減っているような状態です。具体的な事例で言えば、前は8桁の数字まで覚えておいて転記できましたが、今はそれを4桁の数字でしかできないような状態です。また、人と喋っているときに何かを喋らなきゃと思ったものの、相手の話を聞いているうちに忘れることが増えました。脳味噌が情報を保持したままにできないんですよね。
ちなみに、これらは外部に書き出しておくことで対処しています。メモをとることで脳の中に情報を保持しなくても、メモを見ながら行動すれば大丈夫になります。固有名詞が出てこないことも増えましたが、それも検索すれば分かるので、大体は大丈夫です。技術の進歩で老化のサポートをして貰っています。
頭の中に保持できるものが減ったということは、発想力が貧困になるのでは?という危惧があります。僕のこれまでの感覚では、頭の中に色んなものを保持しておき、それら関係ないものが結合したときに新しい発想になることが多くて、一度にひとつのものしか保持できなくなれば、そのような連鎖反応が起こりにくくなるんじゃないかと思うからです。
もしかすると何かを見るときの好みも、組み合わせて面白いものから、単体で面白いものに緩やかに移行していくのかもしれません。目の前にあるものをその場その時だけの定型的なやり方で処理するだけになり、頭の中で保持したままで思索を続けるようなことができなくなるのかもなという想像もあります。
でも、それはそれでいいのかもしれません。
肉体が変化していることは感じていて、今までとは違うやり方が必要なんじゃないかなと思っています。昔の感覚で今を過ごそうとすると事故りそうな気がするので、今の自分がどんな状態かとかをできるだけ細かく把握しておく方がいいのかもなと思いました。