漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

エンターテイメントに対するコスパ認識関連

 映画を倍速視聴するのはアリかナシかという感じの話題がネットで定期的に盛り上がったりするのですが、僕個人としては、それぞれの人が好きにすればよいと思っていて、それでおしまいの話です。

 

 ただ、コストパフォーマンス(略してコスパ)については、人によって異なる価値観があるように思っていて、それぞれの人が何をコストとして考えていて、それによって何を達成することがパフォーマンスが高いと判断しているかも様々なのではないかと思います。

 

 例えばコストについて、「時間」と考える人はより短い時間でエンターテイメントを摂取できれば満足度が上がるでしょうし、「お金」と考える人は、無料やより安く摂取できるエンターテイメントが満足度が高いでしょう。金はあっても時間はない人なら前者、時間はあるが金はない人なら後者を選びがちかもしれません。

 

 他には、パフォーマンスを「より多くの作品を、既に観たという状態にしたい」なら、「量」ということになりますし、「それを観ている時間が自分にとって良い時間であって欲しい」なら「質」ということになります。

 

 他にも、面白いと言われている作品だけを観ることができれば質が上がる、と感じる人がいるかもしれませんし、自分の手で探したものを観ることに価値を見いだす人もいるかもしれません。あるいは、他の人が悪いと思っているものを良いと感じることに逆張り的な充足感を得る人もいれば、それがなぜ自分にとって良いのかを自分なりに考える時間が重要だと感じる人もいるでしょう。

 

 結局のところ、それは人の価値観に寄るものだと思います。だからこそ、そこで自分が何に価値を置いているか?そして、その感覚が自分に本当に合っているものであるのか?を考えることが重要なのかもしれません。

 

 僕は若い頃には、貧乏ゆえに金にこだわっていたので、食べ放題に行ったとしても、原価率が高いものを優先的に食べていました。その方がお得だと思ったからです。でも、その原価率が高いものが自分が好きなものとは限りません。つまり、別に食べたくないものを食べることによって、お店も儲かりにくくなるという、両方が損をする選択をしていました。

 当時はそれが良いと考えていたものの、その後、金に困らなくなり、さらに中年太りの恐怖から、食に対して、最小限の量で最高の満足度を追究するようになると、僕にとっては食べ放題自体の魅力そのものが大きく変わってしまいました。

 かつて食べ放題については、たくさん食べれてお得と思っていたのに、今感じているものは、沢山の料理を少量だけつまむことができる環境が嬉しいということです。

 

 なんか理性的で抑制的な話を書いてしまいましたが、よくよく考えると僕はホテルの朝食バイキングでは、今なおパンとご飯を両方食べていることを思い出します。なぜなら、そのホテルの両方の味を確かめたいからです。なので、朝食バイキングでは、主食が2倍でカロリーオーバーをしてしまい、出張でよく太ります。

 

 漫画を読むことや、ゲームをすること、アニメを見ることなんかについても「自分が何を得たいか」と、そのために「何を支払ってもいいと考えているか」を考えて整理すると、それぞれの人にそれぞれの、まあ、そうだなと納得できるバランスの場所があるんじゃないでしょうか?

 

 例えば、新作アニメを全部見ることにしているけど、時間がないために早送りで見て、なんか全部面白くないなと感じてしまったとしたら、それは本当に自分にとって良いことでしょうか?でも、自分は全部見てるぞって皆に向けて主張したいなら、そうしてしまうかもしれません。

 

 漫画だって、商業連載されているものはちゃんと読んだらどれもだいたい面白いと思うので、面白くないと感じる場合には、ちゃんと読んでないことが多いと思うんですよね。僕自身、実際、雑誌でパラパラと読んでいて、ふーんと思っていた漫画を、単行本で腰据えて読んだときに、この漫画ってこんなに面白かったのか!とやっと気づいたりすることがあります。

 でも、全部を腰据えて読める時間がないときに、パラパラとだけ見たりすることも別に悪くはないんじゃないかと思います。いつか面白さに気づけばちゃんと読めばいい話でもあって。

 

 昔のゲームのリマスター版には、倍速以上で遊べる機能があったりします。例えば100時間かかるゲームが4倍速で25時間で再び遊べるなら、時間のコスパが改善するので、もう1回遊ぼうという気にもなるかもしれません。ゲームに関しては、とにかく近年時間がかかる印象があって、100時間もかかるなら、そもそも始められないよ!とビビッてしまうこともあったりもします。

 昔は一日で全部終わるゲームなんてコスパが悪いと思っていましたが、時間に追われがちな昨今では、まとまった体験がたった一日で得られるなんて、なんてコスパがいいゲームなんだ!!って逆のことを思ったりしてしまうこともあるんですよね。

 

 それは、自分にとってのコストの意味するところが変わったということだと思います。そして、無料や定額で体験できるエンターテイメントが増えた昨今では、時間の方が枯渇し、より強い意味を持ってしまいがちな気もしています。

 

 僕も、ネットフリックスなんかで面白そうな映画は、むしろなかなか再生できないことがあります。なぜなら、面白そうな映画はちゃんと腰を据えて観たいからです。なので、2時間などのまとまった時間を確保できるぞ!というタイミング以外では、なかなか再生ができなくて、結局ながらで観るときは、何回も見ている美味しんぼのアニメを再生したりしてしまうんですよね。なぜなら、別に見ても見なくてもいいからです。

 なら、いっそ初めての映画でも一回適当に観てしまって、そこではよく分からなくても、一回観たことでハードルを下げるなんて方法もあるんじゃないかと思います。一回観ておけば、二回目観るハードルが劇的に下がるので、そうやって何回も粗雑に観ているうちに分かってくることだってきっとあると思うからです。ハードルを上げ過ぎて、結局観ないよりはそっちの方がいいっていう考え方だってありそうじゃないですか?

 

 エンターテイメントに関してコスパ意識を持ち込むと良くないという気持ちも分かるんですが、結局、人間はどこかでコスパを考えてしまうんじゃないかなと思います。だって何かを選ぶとき、どっちが良いかと判断する、何らかの基準が絶対あるでしょう?それって何らかのコスパじゃないですか?自分はコスパ概念を持っていないなんて思うのは傲慢な考えじゃないですか?

 ただ、繰り返しになりますが、その中で、自分は何を支払ってよく、何を得たいと思っているかということに向き合うと良いんじゃないかと思います。自分に合わないやり方をしていると、結果的に色々なことがつまらなくなってしまうような気がするからです。

 

 今の僕の漫画に関するコスパで言うと、読んで良かったなと思える漫画が一冊でも多く見つかるといいなと思っています。でも、生活的に時間があるときならじっくりと読めますが、ないときには読めないこともあります。また、お金は最近困ってないので、あまり気にしませんが、もしまた金に困るようになったらそこが変わるに違いありません。

 なので、今の自分に最適なバランスが何なのかは、常に今考えていくしかないなと思っています。なので、それをします。