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漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

泉新一くんの「胸の穴」について

寄生獣のネタバレありますので未読の場合、ご了承の上読み進めて下さい)

 

胸の穴とは?

 寄生獣の主人公、泉新一くんはその物語の中で、胸に穴を空けられてしまいます。ここで言う「胸の穴」とは、母親の頭を乗っ取った寄生生物によって、心臓を串刺しにされた際の「物理的な穴」であり、その後の新一くんが抱える喪失感という、「概念上の穴」でもあります。
 新一くんの胸の穴は、その後、寄生生物である田村玲子によって埋められることになるのですが、物語上の解釈において、この新一くんの胸に空いた穴とは具体的にはどういうもので、そして、それが何故、田村玲子によって埋められたのか?という理解が、人によって異なるような印象を、友人と寄生獣の話をしていて抱きました。新一くんの抱える苦悩は描かれているものの、その苦悩が「言葉にすると何であるか」ということが明示的には描かれないために、読者が勝手に解釈をしているということです。その解釈が人によって異なるように思ったので、ここでは、僕の理解を書こうと思います。

 

僕の理解、概要

 僕の理解を端的に書くとするならば、「胸の穴」とは、「親殺し」と「子殺し」の体験を通じた、自分のアイデンティティの崩壊ゆえの苦悩なのではないかと思いました。自分はいったい何者であるか?という問いの答えを喪失したということです。

 少なくとも現代的な感覚において、人間は仲間を殺すことをタブーとしていると思います。つまり、相手に殺されそうになり、相手を殺すことになるということは、自分がその相手にとって仲間の範疇にいないと解釈できる出来事です。それが新一くんにとって、自分は果たしてまだ人間なのだろうかという疑問を抱かせる原因の一端となったのではないでしょうか。

 この不安を加速するのが、新一くんの右手に寄生しているミギーの存在です。新一くんの胸に空いた穴(傷口)を塞ぐため、ミギーは自らの体を使います。その際に、復活した心臓の血流に流され、ミギーの細胞の一部は新一くんの体に散り散りとなり、結果として新一くんは寄生生物の細胞によって超人的な身体能力を手に入れることができたのです。しかし、自分の体が寄生生物と混ざってしまったことは、また、自分が人間とは異なる存在となってしまったのではないか?という疑問を生じさせることとなります。

 

作中の描写

 ここで、作中で胸の穴に関連する描写を列挙してみたいと思います。ざっと読み返しただけなので、抜けもあるかもしれませんが、以下の8つが見つかりました。

(1)父親の入院する病院にて、母親のことを口にしようとするときに胸を押さえ、悲しいのに涙がでないということを心の中で嘆く。

(2)村野里美に野蛮になるくらいなら弱い方がいいと言われて「うるせえな」と怒鳴ってしまったときに胸を押さえる。

(3)その次のシーンで、ミギーと「胸の穴」あるいは背後から見れば「背中の穴」について話し、「君は生物として精神的に強くなった」と言われる。

(4)島田(寄生生物)に殺されたおびただしい数の死体を見たあとに、驚きで心臓がドクドクと鳴る際に胸を押さえる。直後に父親に言われた「ひょっとしておまえ、鉄でできてるんじゃないのか…」と言われたことを思い出しつつ、すぐに心を落ち着けることができる。

(5)見知らぬ親子連れの子供がぐずり「バァカ!」ということに、母親が苛立ち手を挙げようとするのを目撃したことで、息が上がり、胸を押さえて「穴だ…穴があいてる…」と言う。

(6)探偵・倉田にミギーを目撃され、化け物扱いをされた結果、なぜ自分がこんな目にあうわけ…?と狼狽するものの、胸に手をあてて深呼吸をして落ち着く。

(7) 田村玲子に母親のことを問われ、寄生生物に食われたことを指摘される。怒る新一に田村玲子は赤ちゃんを盾にし、逃走。普段ならすぐに落ち着く新一がなかな か落ち着かない。逃げる過程で道にいる邪魔な人たちに「どけよ人間ども!」と言ってしまう新一。人のいない場所で心を落ち着ける。

(8)その直後、道端の占い師のおばさんに「胸の穴」のことを指摘され、解消する方法は、「穴をあけた相手にもう一度会う」ことと言われる。それに対し「…その相手なら殺したよ」と新一は言う。

 

 これらの描写に共通する点は2つあると思います。1つ目は、「人間らしい感情よりも、寄生生物に近い合理的な思考をするようになった」というもの、2つ目は「母と子」というモチーフです。

 

人間と人間以外

 僕は自分が人間であるかということを科学的に調べたことがありません。それは自明だと思っているからです。なぜならば、自分の母親も父親も人間ですから、その間に生まれた自分もきっと人間であるだろう類推できるからです。だとすると、親と自分との繋がりこそが自分が人間である感じられるための要となるわけですが、寄生生物に乗っ取られていたとはいえ、母親に殺されかけ、母親を殺してしまう(正確にはトドメはさしていないものの、占い師に「殺したよ」と発言している)ということは、もしかすると、その要を壊すに充分な出来事かもしれません。

 母の死を通じて、新一くんは「生物として強く」なりました。それは、もしかすると、人間という種という繋がりから離れた結果、個立した生物になったということなのではないでしょうか。一己で完結しているために、他人と繋がらなければいけない他の人間と比較して強い存在であると言えますが、一方、孤独な存在となってしまったということでもあります。田村玲子は人間を「自分の頭以外にもう一つの巨大な脳を持っている」と評しましたが、新一くんはその巨大な脳を失ってしまったのではないかと思いました。

 

田村玲子と胸の穴

 さて、その胸の穴を田村玲子が埋めることが出来たのは何故でしょうか?田村玲子は絶命する直前に、寄生生物の擬態能力を使って新一くんの母親の顔に変化します。それにより、占い師の言った「穴をあけた相手にもう一度会う」という予言を達成することになるのですが、もちろん、それだけが理由であるとは思いません。

 「胸の穴」に関連する描写には母と子というモチーフが繰り返し出てきます。具体的には新一くんと母、見知らぬ親子、そして、田村玲子とその子供です。寄生生物は人間の頭を乗っ取るために、性器は人間のままです。つまり、寄生生物同士が生殖行為をしても、産まれてくるのは乗っ取った人間の体の子供であり、遺伝的には寄生生物とは何の繋がりもありません。田村玲子は知的好奇心から、子供を作り育てることになるわけですが、その最期に身を挺して子供を守り、新一くんに託します。

 つまり、このシーンにおける田村玲子は、遺伝的に繋がりがあるわけでもない子を守る親という存在であり、それは、同じ人間であるはずなのに自分を殺そうとした母という新一くんのトラウマを否定する存在ということになります。仮に新一くんがもはや人間という種ではなかったとしても、母と子という存在は成立するのだということを身を持って証明してみせたということです。

 ミギーによって、「あれは母親の体を乗っ取った寄生生物」であり、「母親」ではないと指摘されても、それでも、それを受け入れることができなかった新一くん、寄生生物に変化し母親の顔が崩れるところを見れなかった新一くん、頭は異なるとはいえ腕に刻まれた自分と母親の絆である傷を見て戦意を喪失してしまった新一くんは、あれは母親ではないと思おうとしても、それがどうしてもできなかったのだと思います。そして、それゆえに、母に殺され、母を殺すというトラウマが、自分の生物としての立ち位置を揺るがすようなものに発展してしまったのではないでしょうか。

  田村玲子、寄生生物でありながら人間的な母性を獲得した存在は、それを命を賭けて子を守るという態度で示してくれます。その存在が、配線のこんがらがった新一くんの心を、また元通りに接続しなおしてくれ、そして、彼の心に再び母親を戻してくれたのではないかと思いました。血は繋がっていなくても、母親が死んだことで泣く赤ちゃんを見て、新一くんもまた母親との関係性を取り戻し、再び拠り所を獲得し、人間の場所に戻ってくることができるようになったのではないかと思います。そして、母親が死んだことにより泣き叫ぶ赤ちゃんと同じく、涙を流したのでしょう。 

 

何かに寄りそい生きる獣

 「寄生獣」という漫画は、「何かに寄りそい…やがて生命が終わるまで…」という言葉によって締めくくられます。この言葉は、最終回直前に大空に沢山の人間や寄生生物たちの顔を思い浮かべた新一くんが思った言葉と共通しますし、人間と寄生生物は一つの家族だと言った田村玲子の言葉とも共通すると思います。

 人間とは決定的に異なる存在であった寄生生物たちは、ミギーや田村玲子など、人間と深く関わり人間的な側面を獲得した者たちや、人間社会の中に順応し、あまり人を食べることもなく、あるいは人が人を殺すよりも低い件数でしか殺人を行わない者たちのように、変化を遂げていくことになります。それは、人間がなぜ人間のようになったかということを、寄生生物たちが追体験することになったということなのかもしれません。

 人間と寄生生物が分かりあえるということが描かれる一方、「この種を喰い殺せ」という寄生生物の本能の権化であった後藤とは、決定的に分かりあえない(彼らを尊重するならば人間は喰われるしかない)ということも描かれます。しかし、それはおそらく人間も同じことです。分かりあえる人もいれば、分かりあえない人もいます。細かい分類では敵になるかもしれませんが、大きく見れば、社会や生態系を構成する仲間です。

 つまり、あらゆる生き物は何かに寄りそい生きる、寄生獣ということではないかということです。新一くんの胸の穴は、その寄りそう先を失ったことによるもので、それは奇しくも寄生生物によって、もたらされ、寄生生物によって再び取り戻すことができたのだと思いました。

 

 さて、僕はそう思いましたが、皆さんはどうですか?