漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

料理漫画に慣れ親しんでしまった厄介な我々関連

 料理漫画には色々な料理のテクニックが出てきますが、それが汎用的なものであればあるほどに、ネタかぶりしてしまう可能性があると思います。ある漫画で大々的に登場した料理のテクニックや蘊蓄を、既に別の漫画で読んでしまっているときに、そこには驚きを感じることは難しい。

 

 子供の頃に「将太の寿司」を読んでいた頃には、玉子焼きに山芋を入れるとふわふわになるというテクニックを知らなかったため、思い出の玉子焼きに入れられているのが山芋と分かったときに新鮮な驚きがありました。しかし、現代の漫画において、それらは既に通り過ぎた場所です。料理漫画を読むことを繰り返してきたことで、今となっては「魔法の玉子焼きを作ると手が痒くなる」と読んだ瞬間に「山芋でしょ?」と思ってしまいますし、「山芋だった!」と分かったとしても、ほら山芋だった…と思うだけです。これは辛い。僕らは料理漫画をたくさん読んでしまったせいで、料理漫画を新鮮に楽しむ力が落ちてしまいました。

 

 これは僕が中学生ぐらいのときに既にあって、例えば「中華一番」で麺にすごい弾力を与えるための添加物として登場したのが「カンスイ」だったというときに、それは知ってるよ…と思いました。その辺のスーパーで売っている麺の組成表示を確認すれば、カンスイと書かれていたりします。もっと僕の知らない何か別のものなのかな?と思ってしまったがために、知っているものだったと判明して新鮮に驚くことができませんでした。

 

 これは由々しき事態ではありませんか?

 

 料理漫画には謎かけの要素もあります。出されたお題の条件に合致する、みんなの知らない答えを料理として提示することで、驚きと納得を両方簒奪するようなものがありがちな料理漫画の構成です。でも、料理に対する蘊蓄やテクニックが広く共有されてしまったら、驚きをもって迎えることができるものがどんどん減ってしまうではないですか。

 

 世の中には長期連載された寿司の漫画もあります、ラーメンの漫画もあります、カレーの漫画もあります。丼であったりダシであったり、他にも隙間を縫うような沢山の漫画もあります。それらの料理の基礎的な内容については、そこで既に描かれてしまっています。では、次に新しい同ジャンルの漫画を描くとき、そこで描かれたようなことを、同じように描くことは難しくなるのではないでしょうか?なぜなら、それらは既に描かれてしまっていることだからです。

 かといって、そこに登場したものを当たり前の前提知識として取り扱うことも難しいでしょう。誰もがこれまでの料理漫画を既読とは限らないからです。読者の中に知識のギャップがあるとき、どこに合わせるかということを考える必要があります。

 

 しかしながら、料理に関する漫画は今なお増えています。そこにはどんな工夫があるのでしょうか?ここれは4パターンをほど挙げてみます。

 

(1)もう料理は作らない

 分かりやすもののひとつは、料理を作る側から、料理を食べる側に描く対象を変化させたものでしょう。そこでは、各料理を食べたときにリアクションに表現対象が特化され、作る側が構造的に抱えてしまう困難さを省略することができます。

 

(2)新しい料理技術に挑む

 新しい料理技術が登場すれば、そこに新しい料理のテクニックが登場することでしょう。そこに未踏のフロンティアが存在します。「鉄鍋のジャン」シリーズでは確か真空調理などの新しく登場した技術を使う人々が登場したりしていました。「めしにしましょう」では、低温調理用の機械を使った料理が取り上げられています。

 過去から現代にかけて料理が様々変化してきたように、現代から未来への料理も様々な変化を迎えることでしょう。そこに活路があるのではないでしょうか?

 

(3)現代の日本じゃない場所で料理をする

 料理を行う場所が現代の日本でなければいいというのもひとつのやり方です。場所が異なれば、材料が変わりますし、必要とされる技術も変化します。そこにはまだ既存の漫画で描かれていないものがあるに違いありません。

 代表的なものでいえば「ダンジョン飯」です。ここで描かれる料理の技術は、これまでの漫画でも描かれているものも多いでしょうが、材料がダンジョンのモンスターであることから新しい驚きが生まれます。

 もうひとつ好きな漫画で例を挙げるとするなら「銀平飯科帳」があります。これは古井戸を通じて現代の日本と過去の江戸を行き来することができるようになった男が主人公の漫画で、登場する料理の技術は江戸のものです。主人公はこれらのまだ描かれていない料理の技術を現代風にアレンジすることで、驚きを生み出します。

 

(4)いっそ過去の料理漫画を引用してしまう

 この前の「めしにしましょう」で登場したのがこれです。作中に登場した料理は「クッキングパパ」に登場したレシピをアレンジしたと書かれていました。これだけ料理漫画が存在する以上、いっそのことそれらの料理漫画の内容を当たり前のように引用して取り扱ってしまってもいいのかもしれませんね。

 

 整地が進み限界があるかと思った料理漫画は、まだまだ様々な方法で未踏を舐っていたり、既踏をアレンジしたりとバリエーションが増えています。しかしそれは無限に続くものでしょうか?ここからさらに二十年とか経ってしまったとしたら、そこにある料理漫画はどのような内容になるでしょうか?みなさんも想像してみると面白いかもしれませんね。