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漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

僕が考えた漫画ことわざ

 「泣いて馬謖を斬る」とか「髀肉の嘆」など、三国志由来のことわざ(というより故事成語なのでしょうか?)があるのだから、漫画由来のことわざもあってもいいんじゃないでしょうか?と思って、適当に作ったやつを実際に使ってみたりするんですけど、そもそも、ことわざなどの言い回しは、みんなが既に知っているからこそ伝わるのであって、自分で勝手に作ったやつは全く意味が伝わらないですし、イチイチ解説しないといけないという当たり前の事実にぶつかります。

 なので、完全に僕の都合で、僕が考えて日常生活に混ぜ込もうとしている漫画ことわざの一部を紹介します。

 

 「秘拳伝キラ」という漫画があって、これは琉球空手の「南王手八神流(はおうでいやがんりゅう)」の使い手である八神雲(やがみきら)という少年が、門外不出の古流空手の使い手でありながら、異種格闘の世界に足を踏み入れていくという感じの漫画です。僕はこの漫画がすごく好きですが、それはいいとして、作中に「火神(ヒヌカン)」という技があります。これは纏糸勁(らせんの動き)を蹴りに応用したような技で、相手との距離をとったスタンスで、後ろに引いた足でのみ繰り出せる、回転を加えた前蹴りです。古流空手由来の鍛え上げたつま先によって、達人ともなれば相手の肋骨をばらばらに砕くほどの威力を見せるそうです。

 この火神はとても強力な技である一方、それを出すことができるシチュエーションはごく限られています。うかつに出しても相手に避けられてしまうでしょうし、正面にいない相手には使うこともできません。

 しかし、キラくんは、戦いの中で火神が成立する条件を一切満たしていないシチュエーションであるにも関わらず、使ってみせます。これがすごくカッコいいんですね。その故事によって生まれたことわざが「キラの火神(ヒヌカン)」です。

 

 意味は「成立する条件が一切整っていないにも関わらず、使えないはずのそれを使って見せるのですごい」というものです。

 

 どういうときに使うかというと、例えば、以前、発売前の漫画雑誌のキャプチャ画像を貼りまくっていたサイトのコメント欄に「著作権法違反では?」というコメントが書かれていたということがありました。そして、そのコメントに対してサイト運営者が「私はこれを引用と解釈しています」と返事していたときに、「キラの火神や!!」と僕は思いました。

 引用が成立する条件としては、本文と引用文の主従がはっきりしていること、出典が明記されていること、批評等を目的とした必然性があることなど、様々な要件があるにも関わらず、それを一切満たしていない行為を「引用」と言っているので、これは完全に「キラの火神」だなと思いました。

 

 「スラムダンク」の三井寿は中学生時代は有望なプレイヤーであったものの、高校入学後に怪我をきっかけとしてバスケ部を辞めてしまい、不良になってしまいます。色々あってバスケ部に復帰した三井は、不良をやっていた期間に落ちてしまった体力から、試合の途中で限界を迎えて交代してしまうことになるのです。

 コートから引っ込んだ三井は自分の過去を思い出し「なぜオレはあんなムダな時間を…」と嘆きます。この故事をもとに考えたことわざが「三井寿の裏ベンチ」ですが、今念のため確認したら三井寿が座っているのはベンチじゃなくて階段ですね。でも、語感が良いのでベンチということにさせてください。

 

 意味は「いざ必要になったとき、過去の自分の所業が立ちはだかって後悔する」というものです。

 

 どういうときに使うかというと、〆切前に一秒も時間を無駄にできないぐらいに追い詰められているとき、過去の自分が無駄に使っていた時間が思い起こされてしまう辛い時間に使います。僕もこの前色々逼迫していたときに、なんでこんなに忙しいんだ!!と思っていた脳裏を、「FF15」と「龍が如く6」と「人喰いの大鷲トリコ」をクリアするのに使った百時間以上の時間のことがよぎったときに思いました。完全に「三井寿の裏ベンチだ!」と思いましたが、ただ無駄ではなかったですし(面白かったので)、別に後悔もしていませんが(なんとかなったので)。

 

  • 「チャオズの心、天津飯知らず」

 「ドラゴンボール」のチャオズは、サイヤ人襲来の戦いの中で、強敵ナッパの背中に貼りつき自爆します。最期の言葉は「さようなら天さん、どうか死なないで」です。兄弟子である天津飯を生かすため、自ら死を選んだのがチャオズです。しかし、そんなチャオズの死を目の当たりにした天津飯の言葉が「カタキは討ってやるぞ、そしてオレもいく、おまえだけにさびしいおもいはさせんぞ」というものでした。そして死にます。チャオズの命をかけた「死なないで」というメッセージが、全く通じていないことが物悲しいということを指す言葉です。

 

 どういうシチュエーションで使うかというと、例えば、若者が仕事ですごく困っていたときに、長時間労働となっていたので、とりあえず僕が代わりにやっておくので、今日は帰ってゆっくり休みなよと言ったにも関わらず、謎の責任を感じたらしくなかなか帰ろうとしなかったので、そんな「チャオズの心、天津飯知らず」みたいな…と思いました。

 

  • 「涼母参戦」

 完全に「孟母三遷」の語感から来ているやつですが、元となっているのは「ARMS」です。主人公、高槻涼が謎の組織エグリゴリに狙われるようになり、エグリゴリの刺客であるサイボーグたちは涼の家までやってくるのですが、そこで人質に取られたのは、涼のお母さんです。涼は狼狽してしまうわけですが、ところが涼の母は実は「笑う牝豹(ラフィングパンサー)」と呼ばれた凄腕の元傭兵、生身の体でありながらサイボーグたちを赤子の手をひねるように倒してしまうのです。

 

 このように、自分が守ってやらないとと侮っていた存在が、知らない事実によって実は自分よりすごいことが分かってしまい、あまりの落差に笑ってしまうほどびっくりすることが「涼母参戦」です。

 ところで「赤子の手をひねる」ってすごい言葉じゃないですか?実際の赤子を目の前にして、手をひねることができますか?なんでそんなひどいことをすることを想像できるんだろう?と思ってしまいますね。

 

 さて、「涼母参戦」の使いどころというと、何か技術的なことを説明するときに、相手がどれぐらい事前知識があるのか分からないので、すごく基本的なことから説明していたら、実はその道のすごい詳しいだったということが分かり、ウワッ、なんか僕の方が詳しい然として説明してしまったので恥ずかしい!って思ってしまったやつとかです。

 

 とりあえず今回は紹介する漫画ことわざはこんな感じです。色々勝手に考えて勝手に使っていきたいですね。