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「君の戦争、僕の蛇」と人間が物語に殺される関連

 人間の自意識を描かせたら天下一、我らが中野でいち先生の新作「君の戦争、僕の蛇」の第1巻が先週発売されました。ので、その感想を書こうと思います。

 

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 「君の戦争、僕の蛇」、略して君蛇は、ファージと呼ばれる、人類を襲う何かに立ち向かう少年少女の物語です。

 

 その戦う少年少女たちはモルニエと呼ばれ、オロチという蛇のような生体兵器をその身に宿し、その力を顕現させ、その身を化け物の姿に変えることでこの世界を守っています。モルニエは、オロチの使用によって自身が侵食されていく恐怖の中で、ある種の使命感を携えながらファージと戦います。そして、その傍らにはそれぞれ異性のバディがいます。

 バディの血にはオロチを顕現させる力があります。そして、バディにはもうひとつの重要な役割がありました。それが、モルニエの恋人となることで、その「使命感」の源泉となることです。

 

 兵器としての役割を担ったモルニエたち個々人の戦う理由は、実はそのような形で仕組まれたものです。彼ら彼女らの使命感も、戦わせている側からすれば、そのパーツの一部でしかありません。

 それゆえに、彼ら彼女らが必死で辿り着いた、守るべきものを守りたい気持ちや、そのためにその身を犠牲にすることを厭わない態度は、いかに感動的に描かれたところで、決して良い話ではないという目線が存在します。

 

 このような、「良い話」と「良くない話」が同時に存在する二重構造が、本作の大きな特徴だと思います。

 

 花言葉のように漫画家言葉があるなら、中野でいちさんのそれは「誠実」なので、漫画の中には、世の中でなんとなく受け入れられているものに対しても「ちょっと待ってください、本当にそうですか?」という目線を期待することができます。

 普通なら見ないふりをしてしまいそうな部分を、たとえそれを見ることによって傷ついたとしても、しっかり直視する誠実さがあるために、この先も本作では多くの悲しいことがあったりするのではないかと思うのですが、それを楽しみに読んでいきたいと思っているんですよね。

 

 1巻で特に良かったのは、4話で主人公の西丸子くんが、死んだモルニエの少年のことを思う部分です。直接的な知り合いではなかった彼について、西丸子くんは、彼が生前何を考えていたのかを想像し、彼という人間を物語のように理解します。

 それは辻褄が合っていて、そして、残された人々にとって優しさのある物語です。しかしそれは、やはりただ想像しただけの物語でしかないのではないか?死んでいった彼をそんな物語に勝手してしまうことは、不誠実なのではないか?ということが語られます。

 

 実際、人は、多くのことをそのように取り扱ってしまうことも多いです。他人の心なんて直接的には見ることができないことは分かっているはずなのに、それでも断片的な情報を元にして、そう考えれば辻褄の合うという、自分たちにとって都合がいいだけの物語を求め、他人の人生をそうであったことにしてしまうことがあります。

 ただ、それによって人の心が救われることだってあると思います。だからそれが、必ずしも悪いことだとは限りません。

 しかし、実際はどうだったんだろうか?やっぱり異なっていたりするんじゃないだろうか?そこには、周囲にとって都合がいい物語に覆い隠された、誰かの本当の心があったんじゃないのか?という部分に視点があるのが、本作の良いところであり、同時にそれゆえに辛さを感じる部分ではないかと思いました。

 

 モルニエの戦う理由は仕組まれた物語として与えられます。そしてモルニエの死は周囲から物語として回収されそうになります。それはつまり、人間の人生が、その過程を物語によって操作され、そして、その結末が物語によって覆い隠されてしまうということです。

 ならば人間には、そのような物語との付き合い方を考えるということが必要なのかもしれません。それはもしかすると必ずしも物語を否定するということとも限らず、あるときにはそれを利用しながらも、自分たちが生きるということを模索することであるのかもしれませんが。

 

 まだまだ始まったばかりで先は分かりませんが、この漫画の誠実さを信じて、今後も楽しみに読んでいこうと思っています。