コミティア151お疲れさまでした。
楽しかったですね。バレンタインデーと近い日程だったので、差し入れでチョコレートをいっぱい貰ってしまって、本を詰めていったスーツケースにチョコレートを沢山詰めて帰ることになりました。食べます。お手紙も沢山ありがとうございました。漫画も人間性も色んな人に褒めて貰って応援してもらってめちゃくちゃ嬉しかったです。
さて、今回僕は自分の新刊とは別に、クソライダー(サークル名)の合同誌にも寄稿しました。今回のお題は「マンガの原理」です。寄稿者は、主催のあらばきさん、位置原光Zさん、km氏さん、そして僕の4人です。合同誌の内容はネットには出てくることはありませんし、通販とかもありません。そんなに多くの量を刷っていないとのことですし、今後増刷もされないと思うので、運よく会場で手に入れられた人以外には読める機会はほぼありません。もしお友達が持っていたら読ませてもらってみてください。とても面白い本に仕上がっていました。
怒られそうだから少部数しか刷らん!と言った本が爆速で売り切れていった。 pic.twitter.com/avPxbFIsvn
— ピエール手塚🍙 (@oskdgkmgkkk) 2025年2月16日
この合同誌では、それぞれが「マンガの原理」という言葉に向き合って漫画を描いています。コミティアのジャンル「その他」に生息する無法者たちが作っているので、全員別の方向性で無法を行っており大変面白かったです。
読めもしないものを大変面白いと言ってしまうことに心苦しさはありますが、実は公式に読める方法がひとつあります。コミティアに見本誌を提出をしているので、近々開催される見本誌読書会に行けば読めると思います。
僕の描いた漫画は比較的常識的なので、問題のない内容と思い、閉会後にネットに公開しました。ようやく本題ですが、今回はこちらの漫画についての解説をしようと思います。
クソライダーの本に寄稿した漫画です。本質なので無から30分で描けた。#エアコミティア pic.twitter.com/TywOwnrvQF
— ピエール手塚🍙 (@oskdgkmgkkk) 2025年2月16日
僕は「マンガの原理」を既に読んでいるので、普通にその内容を反映させた漫画を描いています。ただし、ストレートな活用ではなく捻った活用です。「マンガの原理」は、読み捨て去れない再読性の高い上質な漫画を目指すための内容というようなことを序文に書かれていますが、僕の描いた漫画は、1分もあれば読み終わり、二度と読み返さなくていい漫画として描いているので、目指す場所が異なるため、「マンガの原理」で書かれている価値判断のすべてを無視していいことになります。そういう、ある種の批評的な観点のある漫画として描きました。
ちなみに、内容に沿っていても別にいいので沿っている部分もあると思います。
今回の漫画の構成の下敷きにしたのは、km氏さん(kmcさん、kmjさん、熊田ジャンボさん、宮さん、竹さん、九井先生、宮竹九井などの様々な名前があるエアコミティアの王)の漫画です。km氏さんは、僕が知らない文法で自由な漫画を描いています。すごいところは、なのに読みやすいという、無法者なのにホスピタリティがあるという謎の描き手です。
日記を描きました! pic.twitter.com/iA22UANAHN
— km🍅“感謝祭”☯️ (@kmc_kirakira) 2020年7月30日
僕がkm氏さんの漫画の中で特に好きなもののひとつがこれで、キャラは全部コピペで、一人語り、言葉のリズムだけで漫画を展開させていくのにめちゃくちゃ面白い、という稀有なものです。今回の漫画はこのやり方を元にしています。
なので、最後のコマが「殺せ」で終わることだけが描く前から決まっていました。
悪ふざけのようにこのような構成を採用する以上は、バランスをとるために中身は真面目なことと描かないといけませんし、その伝え方も面白くあった方がいいと思います。
伝える内容は漫画を描く上で、人が困りそうなところに対する実践的なアプローチとしました。つまり、「何を描いたらいいかが分からない」という部分です。この部分で挫折してしまう人も多いと思います。
漫画というものは最初の部分を描くのが一番難しいです。なぜならば「何でも描くことができるから」です。選択肢が多過ぎる中で何かを選ばないといけないことはストレスです。それを選ぶ理由も見つけなければなりません。そうなると考えることが多すぎて疲れてしまいます。
スラムダンクは、場合によってはバスケ漫画ではなく不良漫画として描くこともできたかもしれません。幽遊白書は妖怪と戦わずに人情ものとして続く可能性もあったかもしれません。ドラゴンボールの最初で、後にあのような漫画になることを想像できたでしょうか?ボクシング漫画のB・Bでは、大会の途中で主人公が悪い奴を殴り殺してしまい、船に密航してアメリカに逃亡、地下闘技場で戦ったあと傭兵団に入団、素手で人を殺せるソルジャーとして生きていく展開になっていきましたが、事前にそれを想像できましたか?
漫画の序盤は、その後に進み得る色んな可能性が重ね合わさった中で描かれます。一番可能性に満ちているのが序盤でしょう。しかしながら、漫画の話が進んでいけば動き始めた展開や、設定のつじつま合わせ、キャラクターの感情などによる制約が増えていきます。それによって描けることの幅は狭くなっていくと思います。
これは自由さを失ってしまう話です。しかし、描く側からするととても描きやすくなっていきます。制約が増えていくということは選択肢が狭まっていくということです。そして、その少ない選択肢から展開を選んでいけば、次に起こることは比較的楽に決まっていくようになります。
初登場のキャラはどのようにでも描けます。ジョジョの奇妙な冒険第6部でも、アナスイは当初女性のように見えましたが、再登場した際には男であることが分かりました。出たばかりのキャラは可能性の塊なので、何になることもできます。しかし、登場期間が長いほどにそれまでの行動との矛盾が気になるようになるため、このキャラがこの状況で何を言い、どのように行動をするかは、作者の中でも読者の中でも分かるようになってしまいます。そのように、選択肢が狭まるからこそ、話の作り方に迷う余地がなくなっていき、作りやすくなっていくものだと思います。
可能性が少なくなるほどに漫画は描き易くなります。であるならば、「どのようにして可能性を減らしていくか?」の方法論が漫画を描き進めていくためには必要です。
「可能性が少なくなると描きやすくなる」の意味が上手くつかめない人がいた場合に、補足の例示をしておきます。例えば、二次創作が描きやすいのはキャラが既に定まっているために、選択肢が狭いからだと思います。有名漫画の最終回だけを自分で考えてみようと思えばできる人は多いと思います。それはすべて可能性が少なくなっているので、目の前にある少なくなった選択肢から選べばいいからだと僕は考えています。
なので、長期連載の最終回について、自分ならこうすると言うことは多いと思いますが、そこに至るまでの流れについては無数の選択肢があり過ぎてなかなか選ぶことができないかもしれません。
繰り返しますが、物語は最初を描くのがとても大変です。それは、選ぶための制約もまだない中で、可能性があり過ぎるため、どのように選択をすればいいかが分からないからではないかと思います。
であれば、漫画を描いていくとうことは「可能性を殺す手段」をどのように作っていくかだと思います。ここで「殺す」という言葉が出せることが分かったので、想定していたフォーマットに落とし込むことが可能になりました。
僕のこの漫画自体も可能性を殺すことで描きました。「マンガの原理」というお題のみで、何を描いてもいい状況において、自分が描くことの可能性を殺して選択肢を狭めるという発想で、だいたいの構成は2分ぐらいで思いつきました。
作中でも描いていますが、タイトルを決めることが可能性を一気に殺す上で有用です。日常的に面白いと思える言葉遊びをしておくと、タイトルにできる言葉のストックができるのでオススメです。ここではタイトルにしましたが、可能性の殺し方は、テーマ性とかでもいいですし、クライマックスの場面とかでもいいです。この漫画が何を描くものなのかという制約を増やすと選びやすくなるので、無限の可能性を前にしておののき、一歩も動けなくなる事態は回避されます。
実際はタイトルだけではまだまだ選択肢が多いので、可能性を殺していくための色んなものを駆使していくことになります。例えば、1ページ目を描くということはとても重要で、2ページ目は1ページ目を受けた内容にせざるを得ないので、かなり可能性が殺せます。お話の全体像が思い浮かばなくても1ページ目を描くことができれば、2ページ目を発想することは容易になり、2ページ目が描ければ、3ページ目はもっと思いつきやすくなります。となれば、数学的帰納法により、どんどん描くのは簡単になっていき、この先を続けても仕方ないという可能性がゼロになった段階で漫画は完成します。
これ以上何を描いても意味がない、というレベルまで可能性を殺し切れば、お話はそこで完成です。
連載になると、可能性をむしろ広げるパートも使って、可能性殺すパートを行ったり来たりしながらグルーヴを作っていくことになりがちだと思いますが、読み切り漫画なら初回可能性を殺せればそれで完成でいいと思います。
というように、漫画を描きたいのに描けないままでまごまごしている人にオススメなのは、まずはタイトルを決めてみること、そして1ページ目を描いてみることです。そうすると、その先がかなり描きやすくなりますし、完成が一気に近づきます。
問題は、完成はするとして、その漫画が面白いかどうかはまだ分かりません。そこはまた別のやり方が必要になってくると思います。とにかく面白い面白くないは別として、この2ページ漫画は完成しましたし、僕の新刊個人誌の漫画も同じ方法論で完成させることができました。
なので、これが「マンガの本質」のひとつだと思い、そういう漫画を描きました。