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漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

ドラゴンボールにおける天狗の抜け穴について

 昔のことなので記憶が定かではありませんが、確か「キテレツ大百科」のアニメで「天狗の抜け穴」という道具の説明のときに、地図上のA地点とB地点を結ぶ最短経路は何か??という問いが出ていました。そこでは、まず二つの点を結ぶ直線が描かれるわけなのですけど、キテレツはそれを否定し、地図を折り曲げて二つの点をくっつけてしまいます。それが、最短であり、それを実現するのが、テープでくくった円で二地点間を空間を曲げて繋げてしまうという天狗の抜け穴の原理だと言うのです。

 

 ドラゴンボールを読んでいると、こういう表現がしばしば出てきます。例えば、ナメック星に遅れて辿り着いた孫悟空が、ギニュー特選隊と戦うクリリンや悟飯の元にやってきます。ことの経緯を説明しようとするクリリンに対して、悟空はこう言います。

 

「しゃべらなくていい、さぐらせてくれ」

 

 なんと悟空はクリリンの頭に手を置くだけで、頭の中を探り一瞬にして全ての経緯を理解してしまうのでした。悟空に何故そんな能力が備わったか??と聞くクリリンに対して、悟空は「さあ…なんとなくこうしたらわかるような気がしたんだ」という雑な回答を行います。これが「天狗の抜け穴」です。

 

 すなわち、悟空における「現在の状況を把握していない」と「現在の状況を把握している」という二地点間を結ぶ最短距離は、「クリリンによる説明」ではなく「なぜだか使える頭の中を探る能力」だったわけです。ちなみにこの能力は、その後一切登場しません。

 

 この強引さのおかげで、読者はとっくに把握している内容を再度説明するという描写に限られたページ数を費やさなくて良くなりますから、これは非常に効率的です。しかし、本当に強引なので、意外と他の漫画ではこういうことはあまりされません。点を繋ぐにしてもちゃんと道を通りがちです。

 

 他には、仙豆や瞬間移動もそうです。仙豆は当初一粒でお腹がいっぱいになるという効果しかありませんでした。しかし、いつの頃からか食べるとどんな大怪我でも一瞬で回復する魔法のアイテムになります。これも、「大怪我をして死にかけている」と「絶好調!!」を結ぶ天狗の抜け穴です。同様なものにデンデの回復能力もありますね。

 

 人造人間編の最初に登場する悟空の身に着けた瞬間移動の能力は、文字通りテレポーテーションを実現する天狗の抜け穴そのもので、離れた距離にいる敵や味方の場所に行く際に、移動を描くという過程を全く省略することができます。読者が読みたいのは、登場人物たちが出会って何をするかであって、出会う過程を事細かに描くことではないということなのだと思います。それを実現するために、瞬間移動を組み込めるというのがすごいことだと思います。

 

 他にも二人の人間が合体するフュージョン能力や同様のことを実現するポタラという道具など、ある目的のために段階を踏まず、それを一気に実現するという解決方法がドラゴンボールでは多用されます。このペースに慣れてしまうと、段階を踏んでいる漫画をまどろっこしく感じてしまうほどです。

 

 なぜこのようなことが行われるかと言うと、作者である鳥山明インタビューを読む限り、面倒くさがり屋の側面が見えるので、このようなショートカットを好むのかもしれません。スクリーントーンを貼るのが面倒なのであまり使わないとか、街を描くのが面倒なので、戦いになると荒野へ移動するとか、スーパーサイヤ人は髪をベタで塗らなくていいので楽とか、そういうのと通底している感じがします。

 

 そういえば、話はそれますが、ドラゴンボールでは序盤を除いてあまり夜のシーンが描かれなかったような気がします。ドラゴンボールを使ったときに空が暗くなるのが印象的に感じてしまうほどに、白い空ばかりが描かれます。これももしかすると、ベタを塗るのが面倒くさいというのがあったのかもしれませんね。一方、最近ではパソコンを使えば、ベタを塗るのも楽ですし、トーンを貼るのも比較的簡単なので、最新作である「銀河パトロール ジャコ」では、トーンの貼られた夜の街並みという、それまであまり見かけないシーンが描かれていて、新鮮に感じました。

 

 他にこういう天狗の抜け穴を使う漫画はないのか??と言われれば、そんなに多くは思いあたりませんが、あるにはあります。例えば「彼岸島」です。彼岸島では、何か困難が降りかかると、それを何とかする道具が偶然手に入るという状況がよくあり、降り注ぐ危険な液体を防ぐためにかぶれる布団であるだとか、敵と戦うための剣と盾だとかが、本当にたまたまあります。そして、たまたまあるので、その状況を乗り切れます。これも連続して読んでいると、たまたまが続いて不思議に思えるのですが、僕はこれをビデオゲーム的な捉え方をしていて、ボスの近くになると弾薬や回復薬が手に入るゲームのようなものだなあと思えば不思議度は減らせそうです。

 

 架空の物語は架空なので、少々強引なことをしても辻褄が合わせられる魅力があるように思います。実世界的な整合性に囚われていると出てこない解決策が出せるので非常に便利な反面、やりすぎるとご都合主義になるので、使いどころは実は難しいのかもしれないなあと思ったりしました。