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集団制作における哲学の徹底方法関連

 会社で仕事をしています。会社というのは基本的に人の集まりのことなので、自分ひとりではできない仕事をする必要があります。何かを作るときに、自分だけで出来ることは、自分自身の稼働できる時間に拘束されるので、10人月かかる仕事を10ヶ月かけて1人ではるのではなく、10人で手分けして1ヶ月でやるみたいなことをしなければなりません。

 

 そのような集団制作のリーダーを自分がやるときには色々思うところがあります。それらはそれぞれ、他人は自分ではないというところに起因しています。

 

 集団制作を率いる立場のときに僕がまず思うのは、「僕の能力は高くない」という事実です。つまり、頼んでいる相手の方が僕よりもスキルが上ということが多く、スキルが低いはずの自分がその人たちに指示することになります。そこで気をつけないといけないことは、僕自身が1から10までマイクロに指示したことをやってもらうということは、僕自身の決して高くない能力が制作物の成果の上限になってしまっていはいけないということです。

 

 僕自身のリソースの制約をとっぱらうために拡張するために他人がいるのではなく、僕一人では作るよりもすごい物を僕よりすごい人の手を借りて作る必要があります。

 

 なので、指示にも隙間を作ることが多いです。僕が管理するのは、何を目指すかの目標の部分で、そして、そのために使える時間と人的資源です。なので、何がいつまでにほしいか?という部分は具体的に示しますが、それを達成するための手法については限定をしない方がいいと思っています。

 そこで、より具体的に指示して欲しいと言われることもありますが、部分的には対処するものの、基本的には自分で考えて欲しいと思っています。そうする理由は、「僕よりあなたの方がすごいから」という理由であると伝えます。

 

 一方で、こういうやり方をする以上は、出来上がってきたものに修正指示を出す場合には注意が必要です。オーダーが曖昧ではないかったか、受け入れられない場合、その理由は何か?修正指示を出す場合には、それが納得できるものか?などです。

 この部分が曖昧だと、次のアクションをどのようにとるのかも不明で迷いますし、出来上がったものがまた違っていれば疲弊しますし、それを避けるために都度確認が必要ですし、結局覆されるのであれば、段々と自分で考えるのを辞めてしまい、全て言う通りにするので明確な指示をしてくれという状態に変化していきがちです。

 そうなってくると、結局、自分よりスキルの高い人とやっている意味がなかったことになってしまいます。

 

 方法論は世の中にいくつもあって、その中でどれが一番最適なものかは状況や価値観によります。自分に絶対の自信があり、他人の作るものを事細かに管理して、自分が作るのと同じ水準のものを作らせれば完璧なものが作れるというすごい人もいるかもしれませんし、僕のようなたまたま人をまとめる立場についただけの凡人が、色んな人に協力して貰いながら指揮をとる場合もあります。

 

 結局最後は出来上がったものから逆算して評価されます。まずは最後までちゃんと作ることができたか?出来上がったものが良いものか?その「良い」は目的にちゃんと合致しているかあたりの観点に照らして、それが結局よかったのかどうかは判断されるのではないかと思います。

 会社の仕事ではそういうことをしていて、でも、それが完璧にできているとは言えない状況なので、日々色々考えて別のやり方を試しては、また上手く行ったか行かなかったかを考え続けるはめになりっています。それで本当に精神をすり減らしています。そもそも僕は対人関係に使えるエネルギーがとても少ないので、人と一定量喋るとしばらく喋れなくなってしまったりするので、その回復のために休日はずっとひとりで無言で過ごす感じによくなります。

 

 集団制作の指揮をとる人間には僕は向いていないと思うのですが、それでも今はそれを全うすることが求められている役割なので、お金を貰って期待されている以上は応えるかと思って頑張っています。