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仕事で必要だから資格試験を受けた関連

 色々この先の仕事をする上で必要になったので、仕事関係の資格試験を受けました。多分合格圏内の得点はとれた雰囲気なので、まあなんとかなったなという感じでいます。基本的にこういう試験は過去問を解けるようになっていれば大体大丈夫なので、色々と時間を捻出して過去問を解きました。

 あとは法規の問題もあって、そういえば最新の法規を一言一句確認したり、近年の法改正とかをちゃんと追っていなかったかもと思って関連法規を最初から最後まで読んだりしたのですが、結構細かいところ把握していなかったなと思って、せめて自分が関わっている仕事の関連法規ぐらい正確に把握しておくべきだと反省しました。

 

 実務はやっているので、実務系の部分は大体勉強しなくても分かるなと思っていて、ただし、僕が直接業務上関わっているわけではないところは、別の部署の人とやりとりもするので、言葉は知っていたり、それがどういう意味かは分かっているつもりでも、現象を科学的に正確に理解していなかったりするなと思って、本当は分かっていないくせに分かっているふりをしていたなと思いました。

 それでも僕は専門家として扱われていて、向こうに話を振られてもそれっぽい答えを返しているので、向こうからすれば分かっているか分かっていないかが区別がつきにくそうだなと思いました。

 

 AIが適当にそれっぽいデタラメを返すのと自分のそのような発言の間はそんなに広くなくて、なんとなくそれっぽい返答をしているから、伝わってないけど伝わっているように勘違いして上手くいったような気になるのって、日常的にその辺に溢れているように思います。それで割と問題なく回ってたりするんですよね。

 

 就職してからの技術分野の網羅的な勉強をする機会って、こういう資格試験とかを受けるときだけだなと思います。それ以外は大学と大学院で勉強したことからアップデートされてないところもあって、いや、ほんと最新の動向分かってないですよというのと、自分が分かっていないことにも気づく機会ってあんまりないなっって思うのとがあります。

 

 インターネットで技術詳しい人っぽい人のアカウントが、ちゃんと近年の論文とかで技術動向を追ってたら絶対言わないようなことを言っているのを見たときに、この人、自分は理系人間で技術動向詳しいですよって他人に高圧的に振る舞っているくせに、肝心の技術全然詳しくないじゃんって思って、僕が知らない分野についてもどうせ適当なことを言っているんだろうなと思ったりすることがたまにあるのですが、僕自身もそういう人とどれほど差があるかというと、遠くなく、繋がっているだろうと思います。

 

 知ってそうな顔をしていて、誰かにそんなことも知らないのか?とか言ってたら、一見詳しそうじゃないですか。でも、それってそれっぽく見えてるだけで実際どうかは分からないですよね。本人自身にも分からなくなってることってあるので、嘘ついているわけではなくそういう袋小路に入り込むことも多いのではないかと思います。怖い怖い。

 

 結構前の話ですが、会社の中のTOEICの基準点の話で、当時働いていたところではTOEICの最低基準点があったのですが(確か840点ぐらいだったと思います)、別にTOEICの点数が高くても英語でコミュニケーションとれるかは分からないじゃないですかって話をしたことがあって、そのときの返答は、TOEICの点数は英語力を意味しないけど、英語力がある人がTOEICの点数とれないなんてことはないから、あるふりをしている人を初手で弾けるので便利という返答でした。

 

 他の資格についてもそうで、資格を持っているからといって一定の技術力があることは保証されませんが、全く分からないのに知ったかぶりをしている人は資格をとれないので、弾くことができます。

 

 つまり、人を一人一人見るのも大変なので、事前にスクリーニングをするために資格を使っているということで、どんな人か分からない人を相手にするときほど、資格の役割があるなと思います。他には、色んな作業をする上で資格保有者がいないといけないことも多く、今回は僕が現場作業を行う上での責任者になるために必要だった感じなので、さっさととれと言われてしまったのですが。

 

 日本では博士後期課程がそんなに重要視されないというのは、僕自身が研究機関で働いているときに思って、僕も前期課程のみで研究をやっていたのですが、ただ、海外の企業で働く話を貰ったときには後期持っとけよって言われたりして、それは結局僕が何かができるということの保証がないからだろうなと思いました。

 一方で、日本だと、研究者は学校推薦で就職が決まったりするので、その部分で何ができるかを見られていたりもするんじゃないかと思っていて、人間の能力の保証が、資格ではなく、どの先生のもとでやっていたかというような部分でとられているのかなと思ったりします。

 

 こういうところの悪い部分では、色んなことを分かっている顔をして、実際はろくに正確な専門知識がない人が、専門家のような顔をしているという状況があるということです。会社でもそうですし、インターネットなどではそれ以上でしょう。

 

 大人は試験を受けさせられないので、詳しい人と詳しいふりをしている人が見分けにくいですし、AIが適当に生成した嘘の情報を本当だと信じてしまう人がいるのも、検証プロセスがあるということに思い至らないための弊害ではないかと思います。

 

 この人が言っていることは正しいのか?ということについては、誰かが間違っていると言ってくれないと気づけないのであればしんどい感じがします。なぜなら、その間違っていると言っている人も間違ったことを言っている可能性もあるからです。

 検証プロセスがなければ、最終的には人を信じるか信じないかという話になってきますが、人は正しいことも言えば正しくないことも言うんですよね。間違ったことをよく言う人が常に間違ったことしか言わなければ、そんなに楽なことはないですが、この人の言うことだから間違っているんだろう、みたいな粗雑な態度で接していると、たまに正しいことを言ったときに、その足を取られてしまうと思います。

 

 何が正しいかをきちんと検証するプロセスがなければ、そういった党派の話にしかならないので意味がないなとよく思います。

 

 色々よくないなと思っていることがあるのですが、とりあえず今回は試験勉強の過程で、自分のよく分かってなかったところがいくつか分かったので、分かったぶんだけ少しはましになったなと思いました。

 こうやって少しずつましになっていきたいと思います。天国じゃなくても、楽園じゃなくても、あなたに会えた幸せ、感じて。