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「月出づる街の人々」と「ようきなやつら」における人でないもので人を描く関連

 「月出づる街の人々」は、モンスターの人々の生活が描かれる漫画です。この世界では吸血鬼やフランケンシュタインの怪物、狼男、透明人間などの人々が暮らしており、それは吸血鬼の家族には吸血鬼しか生まれないというような遺伝的なものではなく、子供が生まれるまでどのような姿と特性を兼ね備えているかは分からない世界です。

 それは人間でもある程度は同じで、つまり、人々の差異がより極端に表出する世界であるかもしれません。

 

 読んでいる僕たちは人間で、物語の中の彼ら彼女らはモンスターです。僕の髪は蛇では出来ていませんし、羽も生えていなければ、狼に変身することもありません。しかしながら、本作で強く描かれていることは共感性ではないかと感じていて、つまり、この気持ちが分かるなと思い、自分の心に響くと感じられるということです。

 

 例えばフランケンシュタインの怪物の少女の話では、自分の首とその下の肉体を結んでいる糸を買いに行く話があります。そして、小さな頃に自分の身体を結ぶために、親と2人で糸を買いに来たお店が、閉店することになったと知って、寂しくなる場面があります。その顔を見せずとも悲しんでいるという描写がとても良く、そして、僕は自分の肉体を糸で結んでいることはありません。

 その子の母親は自分の子供がフランケンシュタインの怪物であると分かったときに、元々手芸は得意ではなかったけれど、それをやることを心に決めました。そして、娘の糸を結んでやることが母親にとっての日常となりました。

 これらの出来事にはとても分かるなという気持ちが含まれています。親との思い出の店がなくなってしまうこと、親が子供が生まれるということに対して、自分が変わること、それがなければやらなかったことをやろうとすることなどは普遍的な話です。

 それらが、モンスターの物語を通して描かれることでより抽象的になり、もしこれが現実の世界であったのであれば、具体的過ぎるために狭くにしか届かなかったかもしれないものが、より広く、あれもそうかもしれない、これもそうかもしれないと、自分の経験に関連付けて受け取ることができるように思います。

 

 例えば、下半身が蛇であるために自転車が漕げないなど、自分にはなさそうな悩みでも。周りの皆の多くにはできるのに「自分にだけできないことがある」という意味では、分かる話だなと思います。人が生きて行く中で感じる様々な気持ちが、モンスターの人々を経由することで、より広く届くような物語で、収録作の全てが本当に良い話ばかりなので、とてもおすすめの漫画です。

 

 「月出づる街の人々」よりも少し前に「ようきなやつら」の単行本も出ました。こちらもまた、妖怪の物語を描きながら、その背後には、人間の世界でも起こっている様々な出来事が描かれる物語でした。

 

 「ようきなやつら」は社会問題に対するメッセージ性が強い話も多いですが、それが妖怪の姿を通して、ときにコミカルに描かれることで、問題の核心の部分に対する考えを余計な立場などを省いて受け取ることができる作りになっていると思います。

 

 例えば、河童の世界で生きる半魚人の少年の物語は、自分が生きる社会の中で、自分だけが異なるルーツを持つ人間の苦悩を描いていると思います。例えば、これが日本で生まれ育つ海外にルーツを持つことが見た目に分かる人々の物語として描かれた場合、もしかしたら「日本が責められている」という感覚から、内容を読む以前に否定的なことを言ってしまう人もいるかもしれません。

 

 これは多少意地悪な見方をしましたが、具体的に自分の立場と関係する物語の場合、内容そのもの以前に色々な引っかかりを人は持ってしまったりするものだと思います。例えば、現場作業の物語があったとして、「アイツ、命綱もつけずにあんな高所作業を楽々とやっていやがる!」みたいな描写があったとしたら、普段安全に気を配って仕事をしている人は、それだけで嫌な気持ちになってしまうかもしれません。なぜなら、安全性に配慮しないことの方がすごいと描かれるということは、自分の働いている現場での安全に仕事をするという価値観が踏みにじられているとも感じられると思えるからです。

 これが超人たちのバトルものだったら許せたかもしれませんが、自分の大事にしている具体的な環境と紐づいた場合に見過ごせなくなってしまったりするかもしれません。

 

 このように具体的自分に関わりのある話として描かれた場合には、物語の内容そのものを純粋に楽しめない可能性があり、そういったときに自分たちとは異なる姿をした人々の生活を描いた物語が、より純粋に描きたいテーマ性について描ける物語になるのかもしれないなと思いました。

 

 「月出づる街の人々」と「ようきなやつら」の2作を連続して読み、これらは両方とも分かる物語であると同時に、それが人間ではない人々の物語として描かれているなという共通点を感じたので、そういう話を書きました。両方ともめちゃくちゃ面白い漫画なのでおススメです。