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「ニセモノの錬金術師」と大切なものはほしいものより先に来る関連

 「ニセモノの錬金術師」は杉浦次郎がpixivで描いているネームの漫画で、一話が4~12ページぐらいのお話が、これを書いている現在で302話まで進んでいます。ほどなく第一部完が予告されているのですが、とにかく302話がよかったので、その話を書こうと思います。

 

 以下が第1話なので、とりあえず302話まで読んでください。

ニセモノの錬金術師(旧異世界でがんばる話)1www.pixiv.net

 

 「ニセモノの錬金術師」というタイトルは、当初「異世界でがんばる話」として始まったものが、途中で、より具体的なタイトルとして改題されたものです。主人公のパラケルススくん(以下パラくん)は、トラックに轢かれ、謎のジジイに2つのチート能力を与えられて異世界に転生しました。

 彼が得た能力は「天地万物のレシピ」と「セーブクリスタル」です。「天地万物のレシピ」は、何かを錬成する上での完璧なレシピを引き出すことができ、そして、その通りに作り上げれば最高のグレードのものになるという能力です。セーブクリスタルは、砕くと生成したタイミングまで時間が巻き戻る能力ですが、その代償として、自分が一番大切だと考えているものの記憶が失われます。

 

 この2つの能力を持つパラくんは、それを隠し、初心者の錬金術師として生活をしています。物語はパラくんが、奴隷商人から2人の奴隷を買うところから始まりました。ひとりは異国の少女ノラ、もう一人は四肢も目も耳も、あらゆるものが失われ、かろうじて生きているだけのエルフ(ココと名付けられる)です。

 果たしてこのエルフの正体は何なのか?

 

 実は呪術師であるノラが見たところ、ココには強い呪いがかかっていることが分かりました。彼女はあらゆることを奴隷契約として禁じられ、許されているのは怒りの感情だけです。そして、その呪いは、なぜか強い愛情によってかけられているのでした。

 

 そしてまた、パラくんに能力を与えたジジイの目的は、人と人が争う様子を見ることだということが分かります。能力は奪うことができるため、異世界から転生した能力者同士は、強くなるために能力を奪うように仕向けられています。

 

 純朴な青年であるパラくんは、自分の周りを取り巻く異常な状況の中で、がんばるのでした。

 

 さて、ニセモノの錬金術師というタイトルの意味のひとつは、天地万物のレシピを持つパラくんのことなのではないかと思いました。なぜならば、錬金術師はこの世の理を明らかにし、真理に近づくための探求をする存在だからです。しかしながら、パラくんは天地万物のレシピにより、他のどんな錬金術師よりも、真理に近い錬成を行うことができ、SSクラスの錬成物を自在に作ることができます。

 パラくんは誰よりも真理に近いはずなのに、この世の理についてはまだ全然理解していません。チート能力のないパラくんは錬金術師としては初学者だからです。

 

 錬金術は、金を作ることが目的でしたが、実際に意味が大きいのは、その過程で明らかになった理の理解です。しかしながら、パラくんはその理を持たずとも、金(成果物)を手に入れることができます。

 

 これは、さながら「中国語の部屋」のようだなと思いました。

 「中国語の部屋」とは哲学者ジョン・サールが発表した思考実験で、紙切れをやり取りするためだけの穴の開いている部屋があり、そこに中国語で質問が書かれた紙を入れるとします。その後、穴からは適切な返答が中国語で書かれた紙が出てきたならば、紙を受け取った質問者は、この中には中国語が分かる人がいると思うはずです。

 しかし、中にいるのは実は中国語は全く分からない人です。部屋の中には、「ある言葉が書かれていたときに、このように返す」という完璧なマニュアルがあり、文字の意味を理解しない人が、ただマニュアルに従って言葉を返しているに過ぎないのです。

 これは外から見て辻褄が合っていることが、内面が存在することを保証しないという話なのですが、パラくんもまた、この世の理を理解しないままに真理に近づいているという、必要な過程がなく結果を得られる存在なのでした。

 

 しかし、これは本当に良いことばかりでしょうか?「ハンターハンター」の登場人物であるジンは、「大切なものはほしいものより先に来た」と言いました。

 ある遺跡を発掘したいと思っていたジンには、協力を申し出る仲間ができました。彼らは金銭的にも情報や知識的にもまだ若輩であったジンをサポートしてくれ、ついに遺跡の本丸に辿り着きました。そのときにジンは気づくわけです。大切なものは、この遺跡そのものの前に、そこに辿り着くために力を合わせてくれた仲間たちとの関係性にあったということを。

 

 錬金術師の目的が当初の金そのものではなく、そこに至る過程でこの世の理を明らかにするということにあったのならば、パラくんは、欲しいものを手に入れたようで、大切なものを手に入れていないということになります。だから彼はまだニセモノなのではないかと思いました。

 

 ニセモノの錬金術師の物語の中には、様々なルールが登場します。そして、そのルールは、後に別の形で登場したり、それを逆手にとった展開が発生したりします。この物語は最初からアクセルを踏みまくっていて、チート能力を与えたジジイの登場や、この世界そのものの秘密などが、どんどん出てきます。パラくんと読者は、この物語の中に存在する理にどんどん詳しくなり、それは錬金術師の探究と同じ意味かもしれません。

 また、本作の面白いところは、世界の理解のしかたはひとつとは限らないということです。例えば、錬金術師と魔術師では、同じものを別の理解をすることが描かれます。そして、呪術師もまた別のルールで動いています。仮に、この世界にある真理自体はひとつであったとしても、その理解の方法は、いくつもの道筋があるというわけです。

 

 パラくんは物語の中で、様々なことを知り、体験し、過程を得ていきます。それはきっと大切なものです。

 そして、ここで思い出さなければならないのは、彼がもし自分の最大のピンチに対してもうひとつの能力であるセーブクリスタルを使うとき、自分の死さえなかったことにできる一方で、大切なものが失われてしまうということです。

 

 物語は終盤に近付き、ついにそのときはやってきます(ほんと面白いので未読の人は読んでください)。物語の冒頭では、彼が危惧したのは、セーブクリスタルの発動によって、自分のチート能力である天地万物のレシピのことを忘れてしまうことでした。でも、今回失われるものはそれではありません。彼はこれまでの過程の中で、より大切なそれを得てしまったからです。

 

 セーブクリスタルの発動によって、彼らはある種の勝利を獲得します。彼らは結果を得ることができるわけです。そして、そのために大切だった過程が再び失われてしまいました。結果しか持たないニセモノだった男が、徐々に本物に近づいていたはずなのに、その勝利と引き換えに再びニセモノに戻ってしまうわけです。

 そこで失われることの悲しみがどれほどかは、これまで読んできた読者は痛いほど分かるわけじゃないですか。

 

 そして、その後に起こることですよ!!(読みましたか??)

 

 さっき読んだ302話が本当に良かったのですが、これまでの過程を読んでいない人がいきなりこの話を読んでも、ちっとも意味が分からないかもしれません。そこでは登場人物のビジュアルも、発せられる言葉も、その全てが奇妙で奇怪です。

 でも、ここまで読んできた人になら、その意味するところが分かるわけでしょう?

 

 それは、ほしいものよりも手前にあった「大切なもの」がそこにあるからですよ。大切な過程があるからこそ、結果の輝きが理解できるわけです。全ては失われたかのように見えて、失われていないものがあるということが示されるからですよ。

 それがホンモノなんじゃないですか???

 

 もうすぐ第一部が終わるこの物語が何に辿り着くのかはまだ分かりません。しかし、とにかく今の自分の気持ちを書いておこうと思ったので書きました。