漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

「レヴェナント」を観たあとに思った自然と人間の話

 先週、なんとなくレヴェナントを観たんですが、めっちゃ面白かったです。いや、面白かったというのは少し違う気がしていて、ただ、とにかく感情というかなんというか、精神の背骨のあたりにあるものを揺さぶられた感じがしていて、観た後しばらくポーっとなっていました。

 

 何がそんなに良かったかというと、この物語の背後にずっと見えている自然について感じ入るところがあったからです。この物語は、出先で負った大怪我から、仲間に見捨てられたひとりの男が、そこからボロボロの体で奇跡的に生き抜き、生還することと、それに付随する復讐譚を描いたものですが、それらの物語自体を覆いつくしてしまうほどの雄大な自然の情景がこの映画の中では描かれています。そして、その自然の情景がとにかく良かったのです。そこに見て取る自然の偉大な力は、その自然がただありのままにあるということではなく、その中で必死で生きようとする人間の姿と並べられることで、より強く理解可能になります。

 自然は厳しく、人間はその猛威を調伏する術をなかなか持ち得ません。ただ耐えることのみを強いられることが大半です。一方で、自然は豊かな恵みもまた人間に与えてくれます。そして、雄大な自然の風景は、あまりにも荘厳で、時として目にするだけで意味の分からない涙を溢れされるようなものです。自然は好悪様々な側面を人間に見せます。それはつまり、自然とは「人間を全く意に介していない高次の存在である」ということではないでしょうか?恐ろしさも優しさも偉大さも、それは人間が自然に勝手に見出していることです。自然はただあるがままにあるだけです。自然は人間の意志で完全にコントロールできるようなものではありません。つまり、人間の意志が疎通できる対象ではないのだと思います(スプリガンのラストみたいですね)。

 

 人間の歴史は、自然を克服する歴史だと思います。かつては、暑さ寒さや、食料の確保、川の流れや海の波、様々な困難が命に関わるレベルで人間の目の前に広がっていたはずです。しかし、現代の都会に住んでいる以上、それらを命に響くほどに強く実感することはほぼありません。建物の中に限れば気温は調節され、食料はいつでも気軽に手に入ります。道は固められ、遠くへ行くのも、高いところへ登るのも、電気やガソリンの力で速く楽にできます。機能した都会に生活している間は、自然が人を殺す率は、人間が人間を殺す(過失を含む)ことよりもずっと少ないことかもしれません。しかし、それは現代の都会に住む人々が、この文明にラリって一時忘れてしまっているだけで、姿を隠しながらもその背後に確実にいるものだと思います。

 

 レヴェナントに登場する自然は、その多くが困難の形をしています。寒さの中で体温を保つのも難しく、ろくな食料もありません。そんな中で、道具を使って火をおこせるということのありがたさを強く実感します。怪我や病気に対して、薬もなく、医者もいなければ、頼りになるのは人間の自然治癒力です。この物語の中では主人公は奇跡的な超生命力で生き延びますが、そこで立ち向かった困難の内容自体はおおよそ生き延びることができなさそうなものばかりです。それを目にするたび、自分の周りにある便利な道具や仕組みを思い出し、あれさえあればこんな困難に挑む必要はないのに…と思いました。今自分の周りに当たり前にある道具や仕組みが、人間の長い歴史の中で困難に立ち向かってきた人々の残してくれた偉大な財産であることに思い至ります。

 

 今の自分を省みるに、自然環境は過酷であり、そこに1人で放り出されたら生き延びることが困難ではないかと思います。しかし、今自分が何も問題なく生きていること、死の危険が遠ざかっていること、それは文明に囲まれた一時だけ、考えなくてよくなっているだけで、決してなくなったわけではないことなどを思い出したような気持ちになりました。子供の頃は、田舎の山野を駆け回って過ごしていたので、今に比べればもっと実感があったことが、都会の土地と水に慣れてくるとどんどんぼんやりとしてきます。それは基本的にはいいことなんでしょうが、たまに思い出しておいた方がいいとも思っていて、それがこの映画を観て思い出されたような気がしました。

 

 強い意志がなくとも生き延びることが出来る世の中では、必要が生きているということが希薄になってきます。しかしながら、誰だって生きることが必死な世の中では、利害関係の異なる他人を思いやるような余裕は生まれにくいものです。生きている実感など希薄なぐらいが幸福なのかもしれません。そうであることに気づきさえすれば。

 この物語の中では同じレベル同士である、人間と人間の争いもエグいほどに描かれますが、それ以上に、その背後にある争いにすらならないほど一方的に尊大な自然と人間の関係性強くが描かれていると思います。そんな自然と、それに抗う人間の姿をを見ているだけで、二時間半以上あるこの映画は全く退屈することなく、息を飲み、そして、登場人物達の息づかいを聞き続けて終わってしまいました。

 そうだ、生きている。生きているんだなあと思いました。