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「ジョジョの奇妙な冒険」における一巡した世界を読む少しの幸福について

(免責:以下、ジョジョの奇妙な冒険のネタバレが含まれます)

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 「ジョジョの奇妙な冒険」の第六部のラストおいて、本シリーズは重大な転換点を迎えました。この部のラスボスであるプッチ神父スタンド能力メイド・イン・ヘブン」によって、時間がどんどん加速され、宇宙はその終焉を迎え、そして、再び始まることになるのです。一巡したその世界はこれまでの世界と少し異なります。新しい世界は、プッチ神父の死によって、その制御下をも外れてしまいます。かつてあった出来事はなかったことになり、また新しい世界が紡がれるのです。第六部の最後には主人公、空条徐倫(ジョリーン)にそっくりのアイリンという女性が登場します。彼女は一巡した世界において、それまでの因果から外れたジョリーンの姿なのでしょう。

 ジョジョの奇妙な冒険は、各部において「ジョジョ」と名前を略すことができる血族が奇妙な運命を辿る物語です。アイリンとなったジョリーンは、もはやジョジョではなくなりました。それにより長いジョジョの物語はひとまずの終焉を迎えるのです。


第七部 スティールボールラン

 さて、その後、新しく始まった第七部スティールボールランは、一巡してしまった世界において、ジョジョシリーズの全ての始まりである第一部の時代、つまり、その主人公ジョナサン・ジョースターと、その宿敵ディオ・ブランド―の時代からやり直す物語です。

 彼らの生まれも育ちも全て一新され、ジョナサン・ジョースター(通称ジョニィ)と、ディエゴ・ブランド―(通称ディオ)の新たな戦いが始まります。舞台はアメリカ、大々的に開催される大陸横断のレース、その名がスティールボールランです。彼らは、名前を除いて、第一部と変わっています。ジョニィは第一部のジョナサンと見た目も違えば、性格も違います。一方、ディオは見た目も性格もそこそこに似ています。しかし、かつてのように吸血鬼にはなっていません。

 第一部と第七部の大きな共通点は、その構造でしょう。ジョニィはジャイロ・ツェペリという男と出会います。第一部で、ジョナサンがツェペリ男爵に波紋の技術を教わったように、ジョニイはジャイロに鉄球の回転の技術を教わります。第七部の物語は、特殊な力を持ったとある聖人の遺体を集めることを主軸に動き、物語の大詰めではアメリカ合衆国大統領であるファニー・ヴァレンタインとの戦いになります。ヴァレンタインのスタンド能力D4C(Dirty Deeds Done Dirt Cheap)」は並行世界を渡り歩く能力です。それはこの一巡した第七部の存在そのものを暗示するような能力です。

 そんなヴァレンタインとの戦いの中で、ジャイロは命を落とします。それはかつて一巡前の世界で、ツェペリ男爵が命を落としたときのようにです。ジョナサンはツェペリ男爵の力を波紋の受け継ぎ、ジョニィはジャイロの回転の力を受け継ぎ、見事敵を倒します。ツェペリの一族は世界が変わってもジョースターの一族を教え、導き、そして命を落とすのです。ちなみに、ジャイロの本名は、ユリウス・シーザー・ツェペリなのですが、第二部にツェペリ男爵の孫であるシーザー・アントニオ・ツェペリと「シーザー」という共通点がありますね。シーザーも、命を落とし、その意志を引き継ぐのがジョナサンの孫、ジョセフ・ジョースターです。

 

 さて、スティールボールランの物語は、その後に、クライマックスを迎えます。ヴァレンタインとの戦いの中で死んだはずのディオ、一巡した世界では脇役でしかなかったかと思われたディオが復活するのです。最後に残ったそのディオは、この基本世界で死んだディオではなく、また別の並行世界からやってきたディオです。それはヴァレンタイン大統領の能力がこの世界に呼び寄せたディオなのでした。並行世界のディオには、基本世界のディオとは異なる特徴があります。それはスタンド能力「ザ・ワールド」です。それは、一巡する前の世界のディオが持っていた能力と同じものです。ジョジョの奇妙な冒険とは、つまりはジョースター家とディオとの戦いです。一巡した世界でも同じ、最後はジョニィ(ジョナサン)とディエゴ(ディオ)の戦いとなるのです。

 

 しかし、今度の世界の結末は少し異なります。かつて、ジョナサンが勝ちディオが負けた戦いは、今度は、ジョニィは負けディエゴが勝ちます。第一部において、ジョナサンに負けた吸血鬼ディオは、首だけで生き延び、最後の船上の戦いにいてジョナサンの首から下の肉体を奪い取って海の底に沈みます。では、第七部ではどうなったでしょうか?

 勝利の末、生き延びたディオの元に、この舞台となった大陸横断レースの主催者の妻、ルーシー・スティールがやってきます。彼女が携えていたのは、首だけのディオ、それはこの基本世界のディオの死体です。基本世界の存在と並行世界の存在が出会うと、対消滅するというのがこの世界のルールです。首と首が対消滅したディオは、首から下だけを残して、死亡してしまうのでした。負けたものの生き延びたジョニィは、ジャイロの遺体を故郷に届けるため、船旅に出るところでこの物語は終わりです。

 かつて、船上で死んだジョナサンの首から下を奪って生き延びたディオは、今回は首から下だけを残して死亡しました。かつて、妻を守って死んだジョナサンは、今回は生き延び、その船上で将来の妻となる女性と出会うことになります。このように第七部は、第一部は全く異なる物語です。しかし、そう見えて、第一部との多くの共通点を持った物語でもあります。

 

第八部 ジョジョリオン

 さて、では第八部ジョジョリオンでは世界はどのように変化したのでしょう?第八部の舞台は杜王町、これは第四部の舞台と同じです。物語の導入をナビゲートするのは広瀬康穂、彼女は第四部の導入役を務めた広瀬康一くんと似た名前をしています。そして、この部の主人公…その正体は誰だか分かりません。しかし、首の後ろの星型の痣によってジョースターの血族であることが分かります。彼には東方定助という名前が付けられました。下の名前でジョジョです。これは、第四部の主人公、東方仗助と同じ読みです。では、定助は第四部の仗助の生まれ変わりと考えていいのでしょうか?それは分かりません。

 定助の素性は、話が進むにつれて少しずつ分かります。最初に提示された謎は、そう、定助には睾丸が4つあるということ。そして、次に判明するのは、定助とは、ある場所に宿った力によって2人の人間が合わさった存在であるということです。彼を構成する半分の名前はほどなく分かりました。吉良吉影、第四部のボスであり、杜王町という田舎町に潜んだ殺人鬼です。

 

 第八部の単行本冒頭の作者コメントにはこう書かれています。

こんにちは。ジョジョの奇妙な冒険の『第8部』の開幕です。第4部に「杜王町」という架空の町を舞台にしたお話をかつて描かせていただきました。しかし、この『第8部』は、それとはまったくリンクしておりません。舞台は同じ日本の「杜王町」ですが、別の住人たちのお話です。ですので、「第4部」を全然読んでなくても、思い出さなくても、または記憶が無くても大丈夫なのです。

 これはある種間違いだと感じています。なぜなら、これまでを知っていた方がずっと面白いからです。吉良吉影、この名前は初めて見る人にはただの名前ですが、第四部を読んでいる人には決して無視することができない名前です。一巡する前を知っているがゆえに、読者は数々の細かな描写に目を奪われ、迷路に入ってしまいます。

 

 さらに面白かったところでは、家系図の存在があります。ジョジョの奇妙な冒険は血統で繋がる物語なので、家系図はある種ジョジョシリーズを象徴するものでもあります。

 一巡した世界の家系図では、ジョニィはスティールボールランのレースに参加していた東方憲助の娘(理那)と結婚し、ジョージ・ジョースター三世(一巡前では二世)をもうけます。ジョージ・ジョースター三世はまた、エリザベスと結婚し、ジョセフ・ジョースターが生まれます。ジョセフ・ジョースターはスージーQと結婚し、ホリー・ジョースター(一巡前ではホリィ)が生まれます。一巡する前では、空条という日本人男性と結婚したホリーですが、今回彼女が結婚した相手の名字は吉良、そしてなんと吉良吉影は彼女の息子となっているのです。

 一巡する前の世界では第三部の主人公、空条承太郎がいたはずの場所に、第四部のボス、吉良吉影がいます。ここで無視できないのは、吉良吉影ジョースターの血族となっていることです。であるならば首の後ろに星型の痣があることになります。

 つまり、定助の痣は、もしかすると吉良の痣かもしれません。となれば、定助の出自の唯一の手がかりと言ってよかった「ジョースターの血族である」ということ、それ自体がまた無に返ってしまいます。果たして定助とは何者なのか?ひとつの問題が解決すれば、またひとつの問題が浮かび上がります。目の前の謎は延々と残ったままです。その先を見たくて、次の話を、次の次の話を読みたくなります。これがジョジョリオンを毎号楽しみにしている根源の部分です。分からないことを分かりたいのです。しかし、色々分かるのに、次々に分からないのです。

 

 最新巻に収録されている話では、また新しい謎がひとつ解けました。定助のもう半分、吉良吉影と合体したらしい男の写真とその名前です。彼の名は空条仗世文、特徴のある髪型は仗助を思い出させ、そして仗の文字も入っています。彼の名前は特異です。第三部の主人公の空条の名字があり、第四部の主人公の仗の文字があります。そして読み方はジョセフミ。第二部の主人公であるジョセフの名前も含まれているのです(ただ、家系図を見ればジョセフが別で存在しますが)。彼は誰の生まれ変わりにあたるのでしょう?もしかすると、生まれ変わりなんて考え方をしている時点で間違っているのでしょうか?自分が一巡前の世界を知っている読者であるがゆえに、ジョジョリオンの中のディテールの謎の海の中に飲み込まれてしまいます。

 (ちなみに、吉良吉影の妹と名乗る女性が東方家に名前を変えて潜入しており、彼女の被った帽子が承太郎を思わせるというものもあります)

 

 第八部ではジョニィのその後も描かれます。ジョニィは妻と子供を守るために死亡しました。第一部でもそうであったように。歴史は繰り返されました。東方理那のリナは、第一部においてジョナサンの妻となったエリナと似ています。

 

 また、第八部には、新しく岩人間という存在が登場します。その身を岩のように変える岩人間の存在は、第二部の柱の男たちを思い起こさせます。柱の男はかつての地上を支配していた一族で、その身を石のように変えて眠ります。岩人間たちは、その身を岩のように変えるという点では一致しますが、柱の男のように自在に変化する能力があるわけでもなく、人間を滅ぼして支配しようとするのでもなく、普通人間の社会に溶け込んで暮らしています。

 定助たちは、ロカカカという謎の果実を追う過程で彼らと出会い、戦うことになりますが、岩人間と仗世文(の半分)の戦いは、もしかすると、柱の男たちとジョセフの戦いと関連付けられるかもしれません。第七部が第一部になぞらえられたように、第八部は第四部になぞらえられるのかと思いきや、実は第二部であったのかもしれないのです。

 

 さて、だらだら書いてきましたが、ここまで四千字ぐらい書いてきたのは、「岩人間が柱の男なら、定助はジョセフなのでは??」と思ったからというだけなのですが、こんな全く確証がない一行のために長々書いて疲れました。

 

 他に思ったことといえば、こののち、仗世文の素性が明らかになり、空条とジョースターの血統としての繋がりが、第八部においては切れているということが分かったとしたら、第六部の最後の一巡した世界で、もはやジョジョではなくなったアイリンの血統と繋がるのかもしれません。

 ジョジョに対する予想というか期待というか妄想というかについては、僕は外しまくっているので(第六部の中盤で隕石を引き寄せるスタンドが登場すると、宇宙を漂っているはずの第二部のボス、カーズが登場するのでは??と思ったり、後半でディオの息子達が集結するときにジョルノも出るはずでは??と思ったりなど)、この辺が本当にのちのちの展開で回収されるのかどうかが全然予想がつきませんが、今後も括目して連載を追っていきたい所存です。

 

まとめ

 一巡目を知っているからこそ、二巡目がより面白いと感じます。読者である僕らは、この二巡目の新しい世界を、一巡目と重ねることで既に少し知ってしまっているのです。

 第六部で宇宙を一巡させた際、プッチ神父は言いました。その来るべき未来を、全ての人間の精神が既に体験して知っているからこそ、その覚悟があるからこそ、幸福に生きられる、と。これはある種、同じ漫画を二度読むときのような気持ちかもしれません。結末を知っているからこそ、物語の筋でなく、そのディテールを楽しむ余裕が生まれます。初見時は筋を追うことに夢中で見逃していたものに、気づく余裕が生まれます。物語の中で起こる出来事に一喜一憂するのではなく、それは既に決まってあるものとして、楽しむことができるようになります。

 プッチ神父の死により、ジョジョの世界は完全な繰り返しはなくなってしまいました。しかし、僕たち読者は未来を少しだけ知っています。新しく登場した吉良吉影は、僕たちの知っていた吉良吉影とは違う人物ですが、どこか知っているのです。なので、少しだけ覚悟した長年ジョジョを読んできた読者は、第七部や第八部から初めて読む読者よりも少しだけ幸福なのかもしれません。