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「エアマスター」の北枝金次郎について

 ひとつ前のエントリーで漫画に求めているのは「是非とも入りたい宗教」のようなものと書きましたが、僕が実際に経典のようにあがめており、何かあるたびに読み返している漫画のひとつが柴田ヨクサルの「エアマスター」です。今回はエアマスターの中から、北枝金次郎という男について書こうと思います。

 

 エアマスターは通称エアマスターと呼ばれる相川摩季が、ストリートファイトをする感じの漫画です。この物語の大まかな構成は、街で出会ったストリートファイターたちと闘う序盤、深道ランキングというストリートファイトランキングが登場する中盤、そして、これまで登場した全てのストリートファイターたちが闘うバトルロイヤルの終盤です。

 北枝金次郎は序盤に登場する黒正義誠意連合の総長なのですが、彼はエアマスターに負け、スカイスターことサンパギータ・カイに辛勝し、前作・谷仮面からの登場キャラクターである皆口由紀に負けます。彼にこともなげに勝利した皆口由紀のコメントはとても残酷なものです。

 

 「弱いわ」、見開きで大きく斬って捨てられてしまいます。

 

 この負けを通じて金次郎は変わってしまいます。パワードスーツを作っているシズナの手を借り、全身を装甲で覆ったシズナマンになることを受け入れます。シズナのダンナ(ちなみにシズナもそのダンナの久坂も谷仮面からのキャラ)からアマレスを習い、かつての総長たる威風堂々とした彼からすれば、まるで憑き物が落ちたかのようにシズナマンとしての強さを磨くのです。

 つまり、彼は深道ランキングのトップランカーと比べて自分が弱いことを自覚したのでした。それでも彼らに勝つために、プライドを捨てることにしたのでした。強固な装甲と衝撃を吸収する布を全身に身にまとい、守られた拳は全力でのパンチを打ち続けることができるようになります。自分らしいやり方にこだわらず、ただ勝つために、あらゆるものを捨てました。そうして彼は強くなるのです。

 

 ランカー狩りを始めた金次郎はルチャマスターの前に現れます。ルチャマスターはメキシコのプロレス、ルチャリブレを使うストリートファイターです。彼はまた、シズナマンになる前の金次郎に一度敗れた男でもありました。ルチャマスターはシズナマンと化した金次郎と再び闘うことになります。金次郎は強くなりました。どんな打撃も装甲で防げます。打撃だけでなく、習ったアマレスの技術も使います。ですが、寝技には一日の長があるルチャマスターはマウントを取り返し、金次郎を殴るのです。しかし、装甲がある金次郎には全く効きません。ルチャマスターは何度も何度も金次郎を殴りますが、拳は全く効かないのです。そんな金次郎にルチャマスターは叫びます。

 「ちがうっ、お前はもっと強いはずだ!」と。

 そんなルチャマスターを金次郎はマウントの下からの一撃で倒してしまいます。果たして、金次郎は強くなったのでしょうか、それとも、弱くなったのでしょうか。

 

 終盤のバトルロイヤルの開始を待つ間、シズナは新たに改良したアーマーを金次郎に託し、そして謎の最終兵器を彼に授けます。金次郎は闘います。忍者・尾形小路に音の攻撃にやられながらも同じく黒正義誠意連合のメンバーである長門(彼は金次郎を性的な意味で愛す男)に助けられ、そして、エアマスターの父であり、プロ格闘家の佐伯四郎と対峙することになります。

 しかし、そこで佐伯四郎が見せつけるのは、圧倒的な暴力です。常人離れした膂力は、アーマーを紙屑のように破壊し、金次郎を追い詰めます。今まで防具に頼ってきた金次郎は、何もかも捨ててまで、卑怯の烙印を背負ってまでして手に入れたその力を、ゴミクズのように破壊され、その暴力の前に恐怖すら植え付けられてしまいます。何もかも捨てたのに。それでもただ強くなることだけを望んだのに。結局、彼は負け、装甲もろとも心まで折られてしまうのでした。

 

 超暴力に完膚なきまでに叩きのめされた金次郎は、それでも身につけていた防具のおかげで五体満足のまま一命を取り留めます。彼にはもう、なお戦い続けるストリートファイター達を、敗者のひとりとして眺めることしかできませんでした。結局使わなかった最終兵器。しかし、シズナはその箱を開き、中身を金次郎に見せるのです。すると、そこに入っていたのは一本のハチマキでした。

 彼が一度は捨てた黒正義誠意連合のハチマキ、それは彼にとって捨てたはずのプライドそのものでした。

 

 金次郎の中で閉じ込められていたものが噴き出します。彼の心の中で見開きで響く「金ちゃーん」という喚び声。それは彼を黒正義誠意連合の総長として尊敬する男たちの声です。彼の中に眠っていたものが火山のように爆発します。もうそれは彼の中にとどめておくことができないほどに溢れ出します。ハチマキを締め、口から噴き出す叫び声、長門に対して「黒正義誠意連合の代表としてっ、おまえが、見とどけろ!」と叫んだ金次郎は、その勢いのまま、本作のラスボス渺茫に立ち向かうのでした。

 

 さて、渺茫とは、この世で一番強い男です。正確にはかつての達人たちの霊魂をその身に宿した、格闘の歴史そのもののような存在です。十五人の達人をその身の中で目覚めさせた十五漢渺茫はとてつもない強さを発揮します。彼の前では深道ランキング1位の男、ジョンス・リーですら破れてしまったのです。深道ランキングとはそもそも渺茫を倒せる人間を探すために作られたものでした。その創始者である深道はこう言います。「北枝金次郎は渺茫と戦えるランクではないはず」と。

 多くの漫画がそうであるように、主人公が強くなるにつれ、序盤に戦った敵たちは相対的に弱くなります。本作でも物語が進むにつれ、主人公のエアマスターは強くなり、より強い敵、より強い敵が登場し、その結果が、到達点が、十五漢渺茫です。そう、敗れた金次郎にはそれとまともに闘えるような道理はないのです。

 しかし、金次郎の拳は渺茫の顔面を捉えます。残念ながらそれは大して効きはしません。渺茫の反撃が金次郎に襲い掛かります。その力は、ジョンス・リーすら倒した強烈なものです。しかし、金次郎は倒れないのです。口からゲロを吐きながらも、攻撃を受けては反撃し、攻撃を受けては反撃し、ついには渺茫を気圧すほどの、何かを見せつけます。その正直で直線的、気の鍛錬があるわけでもない、筋肉をひたすら鍛えたものでもない、しかしながら何かが宿った拳を受けることに、渺茫は畏れを抱きます。その姿は、渺茫たちが800年に渡って磨き上げてきた技にすら備わっていない何かを引き出しました。金次郎の拳と渺茫の拳は真っ向から衝突し、腕を破壊されてようやく金次郎は止まるのでした。

 

 渺茫はこの男、北枝金次郎を凄まじいと評し、敬意を払うことになるのです。

 

 僕は、このエピソードが本当に本当に好きなのです。彼の強さとは何か?それは精神です。信念と言ってもいい。一度捨てなければ分からなかった、彼にとって真に大切なもの、彼が彼たるための背骨が、あの姿です。勝ち負けがなんだというのでしょうか。彼は自分を貫き通しました。それが強さでなくてなんだというのでしょうか。

 

 その後、渺茫と戦うことになった深道は、渺茫の圧倒的な力に前に戦い続けます。深道は決して強くはないのです。まともに渺茫の攻撃を喰らえば紙くずのように消し飛んでしまうかもしれません。しかし、圧倒的な渺茫の攻撃を真っ向から両腕で受けた深道はこう叫ぶのです。

 「金次郎のように力強く!」

 両腕をボロボロに破壊されながらも、それを止めてのけます。そして「長門のように超激情!」と叫びながら、渺茫に噛みつくのです。恥も外聞もなく、スマートでなく、格好悪くとも、ただの弱い人間が、その信念とプライドとハッタリを武器に、最強の存在に恐怖を抱かせるほどに追い詰めるのです。その姿がとても格好よいのです。

 

 戦う漫画が好きです。漫画の中で戦うということは、肉体の強さ比べのみならず、信念の強さ比べでもあることが多いと思うのです。誰かとぶつかったときに、そのキャラクターの輪郭がくっきりしてくる気がします。勝ち負けはオマケだと思います。勝とうが負けようが、そこで自分を出し切るという光景を見ると、心が震えるのです。それは意地の張り合いなのです。

 弱いキャラクターに惹かれます。弱いということそのものに惹かれるわけではなく、弱い者の前には困難さが広がっているからです。自分を貫き通すことが難しければ、難しいほどに、それをやり遂げるという姿に感じることがあります。強ければ強いことによって何もかもが思い通りになってしまいます。弱ければ、勝つことによって正しさを証明することが難しくなります。勝てないという辛さを抱えて、それでも自分にとって大切なものを取り戻し、自分を表現しきるということ。勝負の勝ち負けだけでは測れないものが、そこにあるように思いました。

 

 戦う漫画は、キャラクターに不等号をつけて、強さの序列をつけることだけが目的ではないと思います。エアマスターはそういう漫画だと思いました。深道ランキング編を通じることで、ストリートファイター達の強さには序列がついてしまいます。それは、キャラクターの間に不等号を配置する行為です。しかし、バトルロイヤル編では、それを全てひっくりかえします。順位が高い者が勝つわけではありません。戦う2人から急に横から現れた者が勝ちをかっさらうこともあります。一度負けたからといってそれで終わりではありません。何度も立ち上がる者もいます。戦いの果てに、戦いの他に、勝ち負けを度外視して、望んだものを手に入れるものもいます。

 北枝金次郎はそんな者の中のひとりです。僕は彼の生き様に興奮し、今さっきもちょっと読み返してしまったので、またそわそわしてしまったりしているのでした。

 

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 そわそわついでに絵を描きました。ちょっと最後まで読み返したい感じになってきたので、続きを読むので今日のところはこのへんで。

 金次郎は最高ですが、エアマスターにはまだまだ沢山の最高の人たちが出てきますので、僕は最高にこの漫画が好きです。