漫画皇国

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「いねむり先生」について

 「グランドジャンプPREMIUM」で連載されいた、「いねむり先生」が雑誌のリニューアルの余波であっさりと終わってしまって寂しいなあと思ったので、既刊三巻を最初から読み直したりしていました。来月に四巻がでるらしいです。

 

 いねむり先生は伊集院静の自伝的な小説を原作とした能條純一の漫画で、登場人物であるいねむり先生こと色河武大は、「麻雀放浪記」を書いた阿佐田徹也という名前でも有名です(ちなみにモデルは色川武大阿佐田哲也)。彼は、突然に強い眠気に襲われてしまうナルコレプシーという病を患っていて、伊集院静自身がモデルとなっているサブローくんと旅にでたり、ギャンブルをしたり、そこかしこで寝てしまったりします。

 

 この漫画の好きなところは、なによりいねむり先生のチャーミングさです。彼は言ってしまえば太ったおっさんなのですが、彼が色んなものを見ては色んなことを言う様が、とっぴに見えて裏に芯の通ったものが見え隠れしますし、言葉の選び方や気の使い方に真摯さが見て取れます。そして、サブローくんを気に入って好きであるということが紙面から滲み出てきます。自分よりずっと年下のサブローくんに敬意を払って、敬語で喋り、嬉しそうに喋る様を読むだけでとても楽しいです。読んでいる僕はサブローくんに成り代わり、いねむり先生に愛されている感じになりながらそれを読んだりしていたのでした。

 

 能條純一が作画であるのは、作中でたびたび麻雀が登場するということもあるのでしょうが、なにより様々なクセのあるおっさんの画がとてもとても魅力的で、喜怒哀楽などの固定的な言葉では表せないような百面相が繰り広げられていてすごく良いです。人間は他人の表情から感情を読み取る生き物だと思いますが、それゆえに、描かれる豊かな表情には、単純には解釈できない沢山の強い情報が含まれているように思えて、強く刺激を受けてしまいます。

 

  この漫画に強いストーリー性はありません。あるのは印象的なシーンの描写の連続です。なので、この漫画は全体としてこういうものであるというのは表現しにくいのですが、例えば人間の記憶というものはそもそもそういうものなんじゃないかと思っていて、自分の記憶の中のある知り合いのことを思い出したとき、その人と過ごした時間やエピソードが散漫に思い出されるだけなんじゃないかと思います。だから、この漫画を読むとき、僕はサブローくんの頭の中にあるいねむり先生の記憶を丸ごと移植されて、自分の中にある人の記憶と同等になってしまったいねむり先生を思い出しているというような気分になります。

 

 だから、記憶の中にしか残っていない故人を思い出すとき、ああ、もう一度あの人と一緒の時間を過ごしたかったなあと思ってしまうように、僕はいねむり先生の連載をもう少し長い時間読んでいたかったなあと思ったりするのでした。