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人に同人誌を渡しに行くときのお気持ちレポ

 この前のコミティアには1年ぶりにサークル参加をしなかったので、ゆっくり会場を回ることができました。色々本を買えたし、人とも話せたので楽しかったです。サークル参加しているときは基本的に1人での参加なので、あんまり自席を空けるわけにはいかず慌ただしくしか回れないのです。

 

 当日家を出る前に、今回サークル参加する知人が僕の同人誌欲しかった(前回僕がサークル参加したときには来れなかった)って言ってくれてたなと思って、会場で渡そうと思って在庫を出してたんですけど、せっかくだからもう何冊か持って行って現地で会った誰かにあげれたらあげようと思いました(闇コミティア開催)。

 それで、実際現地で好きなサークルの本を買いに行ったときに、「これ僕が作った本なんですけど、もしよかったら…」と渡すやつをやったんですけど、でもやっぱり渡せる人と渡せない人がいるなと思いました。

 

 そのときのお気持ちをちょっと書こうと思います。

 

 同人誌って、なんか生っぽいじゃないですか。自分で作って自分だけがオッケーを出しているものなので、自分からしか出てない出汁だと思います。一方で、人と人との関係って基本的にはそんなに生と生ではなくて、やっぱり相手との関係性をベースに反応とかを見て良い感じに調整するものだと思うんですけど、それが考慮されてない剥き身の自分を自分から出た出汁だけで煮込んだようなものである同人誌を、人に渡すって結構すごいパンチを相手に打ってると思うし、渡す僕の側からすれば最悪読まずに捨ててくれても大丈夫って感じなんですけど、貰う方はそういう怨念のこもったようなものを貰ったあとで気軽に捨てるのもはばかられるかもだし、受け取らないのもはばかられると思うので、そういうことを想像して気後れすると、この人になら渡せる!と思える人は限られるなと思いました。

 

 渡せた人たちは、インターネットで多少やりとりをしたことがある、知らないわけじゃない感じの人たちです。それでも迷惑ではないだろうか…?という気持ちはあったし、完全に初対面の、こちらが一方的に知っているだけの人に対して渡すハードルは今の自分には超えられないなと思いました。

 たぶん、ラブレターを渡すような気持もこんな感じじゃないですかね?それも自分自身のことしか書いてない一方的なラブレターを(そんなの絶対書かないし、渡しませんが…)。

 

 同人誌がおもしろいと思うのは「自分とはこのような人間です」ということを簡潔に示す存在でもあるなと思うことです。ある人がどのような人であるかを知るときには、直接話せばわかるでしょうか?それについては僕は結構疑っていて、なぜなら、人と人とが対峙するときには前述のように相手の反応を見ての加減があるからです。

 ネットではめちゃくちゃでも会ったら良い人だったという話もありますが、それはどちらかが本当ではなく両方本当だと思っていて、他人に接さないときに出てくる自分と、他人と接するときに出てくる自分が存在するんだと思うんですよね。結局それらを重ね合わせた総体が自分なんだと思っています。

 だから会ったら良い人であったことは、ネットでイカレたことを言っていることとは別個の事象ですし、その人が人と直接接するときには、どのような加減をしているのかというだけの話ではないかと思います。

 

 同人誌は、人と話したときには分からない、その人の奥にある、自分と自分だけの対話から出てきたものが出てきやすい存在であることも多いんじゃないかなと思います。同人誌というか、なんらかの作品は皆少なからずそうなのかもしれません。そういうことを思っているので、僕はなんか、その人が作っている何らかの作品を見ることで、その人に対する興味を持つことが多いです。

 だからといって、別にその人と仲良くなりたいかはまた別個の問題で、僕自身抱えられる密な人間関係の量が人よりも少ないので、そこは結構ややっこしい話なんですけど、ともあれ、その人が作る作品はこの先もずっとすごく手に入れたいとか、そういうことはすごく思うわけです。作品が好きなだけであれば、相手側にもあまり迷惑がかからないですしね。

 

 個人的な経験として、何かを作っている人とは比較的繋がりを持ちやすいのはそういうことが関係していると思います。何かを作ることは自己開示の側面があると思うんですよ。

 

 何考えているんだか分からない人っていうのはミステリアスで興味は惹かれますけど、怖いところもありますよね?相手に何を思われているかを気にしすぎてしまうために、自分の頭の中にしかいないその人の亡霊を作り上げてしまって、とんちんかんなことを思ったり行動をしてしまったりするからです。

 その人がどういう人で、どういうことを思って生きているかが開示されていれば、そういう意味で安心できます。人と接する上で自分のリソースを想像に使い過ぎなくて済みますから、やりとりもしやすいです。

 

 なので僕自身も、ネットに色々出すようにしてから、知らない人から声をかけられることが増えました。それはやっぱり、「なんだか分からない人」ではなく「こういう人」であるということが分かりやすいからだと思います。とはいえ、開示した自己が他人にとってめちゃくちゃ受け入れがたいものであって、余計に人を遠ざけてしまう可能性も全然あるわけですが。分かりやすくはなることには良い側面も悪い側面もあります。

 

 でもまあ、そういうことを考え始めると、同人誌を人に渡しているのって「僕はこういう人間ですよ」って頼まれてもいないのに自己紹介をし始めている人みたいで、マジかよ、そんなことをしているのかよ!?って気持ちになってしまいますね。ヤバ人間だなと思いましたが、一方でこういうことを書くと、僕が他の人に同人誌を貰ったときにも、相手をヤバ人間だと思っていると解釈されてしまうのでは??と思い、いやそんなことはないですよ、マジで。もっと適切に自分自身だけを自省することができて、他の人たちは対象外ですよ~って言うことができる方法さえあれば…と思っています。僕に都合がいいように皆思ってくれ。

 

 とにかく行動をするときには色んなことを思うわけですよ。この文も自己開示なので、良くも悪くもこういうことばかりを考えて生きているんだなと思ってくださいね。頼む。