漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

もし、全ての漫画が定額読み放題になっちゃったら?

 免責:これから書くのは仮定に仮定を重ねたすごく雑な話です。

 

 漫画の著作権を無視った違法サイトに対抗するには、より安くて利便性の高い正規のサービスが必要!みたいな考え方があります。これって実際やるとしたらどうなるのかなあと思ったので、ちょっと考えてみます。

 日本の漫画の国内市場規模について、最新の数字を僕は知りませんが、把握しやすいようにざっくりとした数字で以下のように仮定します。

  • 紙の単行本:2000億円
  • 紙の雑誌:1000億円
  • 電子の単行本:1800億円
  • 電子の雑誌:200億円

 

 紙の市場が計3000億円、電子の市場が計2000億円という仮定です(年間)。

 さて、この5000億円を例えば月額500円のサービスで割ってみると、国内で8300万人の会員が必要です。あまり現実的とは思えない数字ですね。

 

 もちろん市場規模がそのまま継続されるべきであるという条件が間違っている可能性があります。例えば市場規模の1割が漫画家に印税として支払われていると仮定して、それだけを保証したいなら、500億円あればよいことになります。しかしながら、ここに、編集やデザインにかかる費用、システム維持費や個々の決済にかかる費用などを上乗せしていけば、どう低く見積もってもその3倍はかかるでしょう。それで1500億円、必要な会員数は2500万人です。これでもまだまだ厳しい。

 参考までに例えばニコニコ動画における月額540円の有料会員は230万人ほどです。この10倍ぐらいですね。ニコニコ動画は有料会員数が減っているサービスなので、他に例えば携帯電話ショップにおける強い勧誘力のあるdTV(月額540円)であっても会員数は500万人超、2500万人に到達するのはなかなか困難な道ではないかと考えさせられます。

 なぜ、このように全てを定額サービスに置き換えるのが困難に思えるかというと、大量に読んでいる人からも払って貰えるお金の上限が500円になってしまうからです。薄く均等にというサービスでは、気の遠くなる数の人間が参加しないことには、たくさんのお金を使う強い人がいる市場と同等の規模を維持することができません。

 

 このように、あらゆる漫画がすべて低額で読み放題になるというのは、すぐには達することができない高いハードルであるということが、数字の規模感だけをぼんやり考えてもわかると思います。なら違法サイトがなぜそれをできるかというと、漫画作品を生み出す上でかかわった人たちに1円も支払う必要がなく、個別に課金する必要がないため、そのための必要な手続きを省くことができるからです。

 例えば会社に、1円も給料を請求しない優秀な従業員が無限に供給されるなら、経営はよほど簡単なものになるはずです。でも、それは違法なわけです。そんなものを仮定してはいけないよなあというのが僕個人の考えです。

 

 では、たくさん払ってくれる人にはそのままたくさん払って貰いつつ、そうでない人だけ定額読み放題に入ってもらうという方式ならどうでしょうか?これであれば、必要な有料会員数は少なくてもよい、あるいは、ひとりあたりにかかる金額を下げることができるようになります。しかしながら、懸念事項もあります。例えば、漫画にたくさんお金を使ってくれる人は、なぜ使ってくれるのでしょうか?それは決して無償の寄付のようなものではないはずです。つまり、欲しい本が定額読み放題の中には含まれていないから個別で買うしかないというのが重要な理由となるのではないでしょうか?

 となれば、誰もが欲しがる人気の漫画は読み放題に含まれず、そこまで人気ではない漫画だけが定額読み放題に含まれるという形になります。では、その人気の漫画が除外された定額読み放題にわざわざ入りたい人というのは誰なのでしょう?読み放題会員になるには、読みたい本が個別に買うよりも安く読めるからというのが一番の理由になるはずです。その読みたい本が読み放題の中に含まれないとき、会員数を伸ばすのは難しくなるはずです。

 

 さて、どんどん考えることが増えて難しくなってきましたね。そして、タイトルの全ての漫画が定額読み放題になるという条件は既に破綻してしまいました。

 

 利益を最大化するためには、何を読み放題にして何を読み放題にしないかという判断が必要になります。なぜ利益を最大化しないといけないかというと、少なくとも今と同じだけの利益を生み出さないことには、今と同程度に漫画家さんが漫画を作るために必要なお金が生まれないからです。

 現状既に存在する読み放題サービスでも既に色々な考え方で何を読み放題に含めるかが試行錯誤されています。人気作の最初の数巻だけを読み放題にしたり、あるいは、最後の1冊だけは読み放題にしないなど、様々なやり方が試されています。キャンペーンなどで一時的に普段は読み放題ではない作品が読み放題になることもあり、僕が思うには落としどころはこの辺だろうなという気持ちになります。

 つまり、読み放題のサービスの中でも人気作を読むことはできます。しかし、それは限られたタイミングのみでの話で、いつでも自由に読みたいなら、個別に買う必要があるというあたりです。

 

 これは見ようによっては、雑誌と単行本のモデルに近いかもしれません。そういえば、既にフィールヤングコミックゼノンなど、読み放題サービスに雑誌自体を含めている雑誌も存在しますね。あるいは、ゴーゴーバンチのようにバックナンバーのみ読み放題にしている雑誌もあります。各誌、色々試行錯誤をしている段階なのだと思います。

 

 ただの読者である僕の目から見ても、漫画をどのように読者に届けるかには、既に様々な試行錯誤が始められています。難しいのは、今やっている人たちがきっちり食えつつ、次の構造に移行していかないといけないということでしょう。心臓を動かしたまま心臓の手術をするようなものだということです。

 でも、日本には有能な人が山ほどいるので、何年かはかかるでしょうが、きっちり新しいビジネスモデルに移行できるんじゃないでしょうかね?そのように楽観的に考えています。そして、提供のされ方は変わったとしても、漫画自体はきっとあり続けるでしょう。なぜそう思うかというと、なんとなくです。

 

 ここまで、総額については考えてみましたが、ここからは個別の漫画がどれほどの利益を得られるかについて考えてみます。

 完全な定額サービスの辛さですが、会員数が飽和すればそれ以上に市場が成長することができません。つまり、上限が決まった中で再分配をしなければなりません(海外にさらなる成長余地を探すという話はある)。ここで考えなければならないのは、読み放題に含まれるのは、新作だけではなく、過去の全ての漫画作品が含まれるはずということです。

 そのような無数の漫画が存在する環境で、一作が一回読まれたということに対して支払われる額は現状よりも上がるでしょうか?下がるでしょうか?僕には下がるとしか思えません。なぜなら金額の上限は決まっているのに、より多くの漫画を読みやすい環境になるからです。この場合、1巻で完結する作品よりも、長大な作品の方が多くのお金が貰えるでしょうし、1回読んで終わりの漫画よりも、何度も繰り返し読まれる漫画の方が多くのお金を貰えるでしょう。それがいいのか?という問題もあると思います。

 例えば1億人が月額500円のサービスに加入したという状況があったとして、そのうちの3割が漫画家に還元されるとします。原資は150億円です。1人の会員が月に平均15冊読んだとしたら、1冊あたりの読み賃は10円です。これは500円の単行本が売れたときに、1割の印税で貰える50円の5分の1です。同じ人が5回読むか、5倍の人に読んで貰わないといけません。

 これによって月に30万円稼ぐには、3万回読まれなければなりません。過去から現在に至るまで数多の漫画がある中で、1人が月に平均15冊しか選ばない中に自分の漫画が食い込まなければならないわけです。それはきっと、そう簡単な話ではないでしょう。

 もちろん、こんなものは数字の仮定のしかた次第でどんな結論でも導けるものです。ただ、ここで気づくのは、現在の新作漫画は、過去の漫画の大半が書店から姿を消し、収益化に対して非常に不利になるという状況に助けられて選ばれているのではないか?ということです。

 

 次々に新作漫画が生まれ、総数が増えていったとき、過去の無数の名作と同じ土俵に上がるのなら、新作漫画を描くということはそれだけで食っていくことがなかなかできないものになるかもしれません(既にそうなっているという見方もあります)。この場合、今までの環境で何十冊、何百冊ものできあがった本を抱えている漫画家が有利という状況になります。

 この辺を権利だけ買い集める業の人も生まれるかもしれません。というか既にある漫画読み放題サービスを眺めてみると、昔の漫画を取りまとめてサービスに卸している業の人がいることを確認することができます。

 

 ルールが変われば、それに合わせた新しい業態の人が出てきます。新しい時代が来たなら、それに合わせて漫画家の収入を確保するやり方も変わっていくかもしれませんね。

 なお、その中には過渡期だけに通用するゲリラ的なやり方でお金を稼ぐ人も含まれるでしょう。それだってひとつのやり方です。100人のうち、99人がAというやり方をする中で1人だけがBというやり方をすることで儲けられることもあります。ただしそれは、残りの99人もBをやろうとしたときに決定的に破綻するものかもしれません。100人いれば100人が儲けられるCというやり方に到達する前に、そういうBをやるのはそれはそれで賢いことです。

 

 ごちゃごちゃ書きましたが、結局、食っていけるだけのお金を稼ぐことができればいいという身もふたもないのが僕の感覚です。法を犯さなければ、何をやってもいいはずです。だから、それで食っていけているのなら、その誰かのやり方が間違っているわけでもないですし、やり方なんて無数にあっていいじゃないですか。

 世の中はたったひとつの正解だけを規定しようとする人がいるのが気に食わないと思っていて、その考えは、それに合致しない他の無数のやり方をただ間違いと貶めるだけなんじゃないかと思うわけですよ。色んなことをして、今後も漫画をやっていってほしいですね。僕は変わらず好きな漫画を何らかの形で買い続けます。