漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

感想をネタバレ込みで喋っていいタイミングが難しい問題

 漫画の感想を言いたい気持ちが一番盛り上がるのって、読んだ直後じゃないですか。でも、感想ってそのお話の展開に関するものが含まれることが多いので、少なからず未読の人に対するネタバレになってしまうわけです。なので、それを実際にネットに書いたりするタイミングには気を遣っているところがあります。

 

 僕は結構ネタバレを気にする派閥なのですが、もう少し詳しく言うと、読んでない漫画の先の話のネタバレを自分がされるのは嫌だけれど、自分が他人に話をするときには結構ガンガンしてしまうという厄介な存在で、僕が考えるにおそらくは最大手派閥ではないかと思います。

 だってしたいじゃないですか。面白かった本の具体的な話。そして、嫌じゃないですか。他人からネタバレされるの。特に驚きのどんでん返しの展開なんかは、新鮮に驚きたいわけですよ。思いもよらないところからどんでん返されたいわけですよ。この物語にはどんでん返しがあると知らされる時点で、ネタバレなので、それすら知らずに読みたいわけじゃないですか。

 

 知るという行為は基本的に不可逆なので、知ってしまったら知らない状態には戻れません。知らないことを前提に驚きたかったのに、もう知ってしまっているとしたら、いくら知らないふりをして読んでも、それが頭に引っかかってしまいます。知らないものに知らないままに接することができる機会がただ一度だけなら、それを行使するかどうかは自分が決めたいので、他人にいきなりネタバレとかされたくねえなとすごく思います。

 でも、ネタバレしたいじゃないですか。驚愕のどんでん返しがあったときには、こうこうこういうふうにどんでん返しがあってすごかったんだよー!!って何も気にせずに大声で叫びたいわけじゃないですか。でも、自分がされたら嫌という気持ちもあるので、気をつけてはいるわけです。

 

 僕は漫画は雑誌で読んでいるわけですけど、雑誌掲載時には単行本で読む予定の人への配慮を考えて、具体的な話は書かないようにしています。そのせいで、漫画の展開に対してうぎゃーとかぐえぇぇとか、奇声ばっかりあげていたりするにとどめています。何かあったんだなという以上の情報はあまり書かないようにしていて、同じものを読んでいる人にはだいたいそれで伝わるし、読んでいない人にも、だいたい何かあったんだなと伝わるので、ソーシャルな要素としてはそれでいいような気もします。

 実際は裏でブログの下書きなんかに思いのたけを綴っていたりするんですが、それを公開するのは大体が単行本が出たりするタイミングまで待ちます。

 

 じゃあ単行本が出たらネタバレをしてもいいのか?というと、それも難しい話で、なので、感想はわざわざ見に来なければ目に入ることがないブログに書いているんですよ。あなた覚悟している人ですよね?わざわざ見に来たということはそういうことでしょう?というワンクッションを挟むという制約を設けることで実現した能力です。

 あとは、連載完結後何年も経っているような漫画のネタバレは比較的気兼ねなくガンガンしていったりします。なぜなら、連載完結後何年もしたのにまだ読んでない人は、その後一生読まない可能性が高いのではないか?と思ったりするからです。紙の単行本も本屋から消えてしまっているタイミングですよ。もう十分気は遣っただろ?もういいだろ?というような気持ちですよ。

 

 そもそもネタバレについてなんですけど、非常に重要かつ分かりやすいどんでん返し以外では、実はネタバレをされてもあまり影響がないことも多いんじゃないかと思います。実際に僕が知らない作品のネタバレ話を聞いてしまったとき、うわあ、聞いてしまったなあと思うんですけど、そこで話されていたことの意味が、そのもの自体を知らないためによく分からず、上手く理解も記憶もできなくて、実際に読んでみたら普通に新鮮に読めたというような経験も多々あります。

 その後でネタバレ話をまた聞いたりすると、そのときは読んだあとなので言っている意味がすごくよく分かるんですよね。つまり、ネタバレ話は、あくまで読んだ人にだけようやく意味が分かる話でしかなく、読んでない人に読んだと同じ体験を与えるものではない場合も多いのではないかということです。

 

 だからあまり気にしても仕方がないなあと思う部分もあります。

 

 さて、そろそろこの文章のネタバレをしておきますが、僕が今書いている文章に何らかの結論があると思ったらそれは間違いです。なぜなら、これは僕は今日々感じていることの中のどっちが正しいとも言いにくい葛藤の部分をそのまま垂れ流しているだけだからです。

 

 でね、結局僕はどのタイミングでゴリゴリにネタバレを含んだ感想を言っていいのかって話ですよ。僕のTwitterのタイムラインは、結構いい感じに作っているので、例えば、雑誌の発売日前に流出した情報に対して反応を示す人はいません(正確にはかつていましたが僕がミュートするなりフォローを外すなりで排除しました)。ゲームなんかについては発売後の進め方に個人差がある上に、最近はスクリーンショットも気軽に投稿できてしまうので、ネタバレの温床です。でも、みんな、自分がめちゃくちゃ感動したとしても、それと同じ新鮮な体験を他の人にもしてほしいという気持ちなのか(各人に確かめてはいないので想像です)、決定的な部分はちゃんと伏せて話してくれるんですよね。すごく温かい。インターネットは電子のビットで温かさも伝えてくれるインフラですよ。

 一方、それらのタイトルでうっかり検索してしまうと、即座に何らかのネタバレに遭遇してしまったりもします。その辺は文化の違いだと思います。僕が好んで棲息している文化圏は、それなりに皆が気を遣って、他人の体験をできるだけ毀損しないようにしているというだけだと思います。

 

 僕はそこが住み心地がよいと思ってそこに棲息しているんですけど、でも、何らかの作品で、お話の展開が驚くべきものであったりすればするほど、皆ほのめかししかしなくなったりするという問題もあります。さらには、ほのめかしすら気をつかって、一切口を噤み、ただ遊んでみてくれとか、読んでみてくれ、観てみてくれというようなことしか言わなくなってしまったりする場合もあります。

 SNSでの話題とか、沢山の人に話題にされてナンボみたいなところがあるじゃないですか。めちゃくちゃいい作品なのに、皆が気をつかってネタバレを避けるために、話題が少なく広がっていかないみたいなもったいないことだって実際あると思ったりもします。

 

 漫画の紹介をしたいと思ったって、長文書き連ねるよりも、漫画の一目で分かる印象的なシーンを著作権無視してババーンと貼ってしまった方が、話題になって注目が集まって、その作品が売れることに繋がったりもするわけじゃないですか。

 世の中色んな尺度の色んな正しさがあって、どれを選ぶかなんて人それぞれです。

 

 僕の中には色んなレギュレーションがあって、単行本化してない話はうっかり誰かが目にするところには詳細に書かないとか、雑誌の発売日前に何らかの経路で流出した情報は話題にしないとか、宣伝になるからとかいって漫画のキャプチャ画像を安易に貼らないとか(内容に言及したいときは別)、映画やゲームのネタバレ話をするときは数ヶ月は時間をおくとか、色々自分を縛っているわけです。

 誰に頼まれたとかではなく、勝手に縛っているんですよ。理由はその方がよいと僕が勝手に思っているからです。

 

 ネタバレの話をどのように扱うかは色んなスタンスがあると思うんですけど、僕は自分勝手にこういうことをしていて、他の人はそうでなくてもいいといような感じに思っています。いつものやつです。