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漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

FF15でプレイヤーの僕が果たした役割について

 FF15は一ヶ月前ぐらいにクリアしたんですが、結構速めにプレイ時間が40時間ぐらいでクリアしてしまいました。なぜなら、その後すぐに龍が如く6も買ってしまったので、このまま無限に遊べそうだけれど、そうすると他のゲームができないから仕方がないと、断腸の思いでクリアせざるを得なかったからです。本当は少なくとも100時間ぐらい遊んでからクリアすれば良かったと思ったのですが、両方やりたかったので仕方がありません。

 ちなみに、龍が如く6をクリアした(これも面白かった)ので、ここのところは人喰いの大鷲トリコとFF15を交互に遊ぶような感じで、今のプレイ時間は56時間という感じです。クエストは結構こなしましたが、まだいくつかのダンジョンが残っています。未配信のDLCなども購入済みなので、まだまだ遊びます。

 

 以下は、ゲームの内容というよりは、ゲームをやっている間の僕自身の心の動きを書いたものですが、何をどう思ったかという点に関連してごりごりにネタバレも含まれているのでご了承ください。

 

 さて、このゲームのエンディングでは、僕はめちゃくちゃ泣いてしまったのですが、FFシリーズを遊んで泣いたことは初めてで、ただ僕自身が30歳を過ぎてからとにかく涙もろくなったということもあって、それがこのゲームの特徴かどうかは判断がつきません。しかし、とにかく非常に感情を揺さぶられたのは事実です。それは、この旅が終わってしまうという寂しさと、今まで楽しかったという思い出が溢れてしまったからです。

 

 この物語の主人公であるノクトくんは、王子様であり、人間関係の中心です。しかしながら、この物語の中で起きていることについて、彼はとにかく蚊帳の外です。重要なことは何一つ教えられず、後から知らされて怒ったり悔しがったりそんなことばかりです。それは彼が皆に大事にされてきたということでしょう。そして、であるがゆえに彼自身が、自分の無力さに傷つけられてしまっているように思いました。僕はその様子を見ては悲しくなってしまいます。

 自分は周囲の人々に守られてばかりいる存在で、頼りにされるほどの強さを持ち得ないということ、弱いということ、弱さとは自分の意志を突き通すことができないことで、それはとても悲しいことです。そして、僕はそのような人間の弱さをとても愛おしく感じます。なぜならば、弱さを嘆くことは、強くありたいことを願うことだと思うからです。僕は人がそうありたいと思い描き、願う姿がとても好きで、そして実際にそうなってしまうことに感情を揺さぶられがちです。

 これは世間知らずのお坊ちゃんが、独り立ちをする物語だと思います。大きな責任を負わなければならないお坊ちゃんにとっての、最後のモラトリアム、この旅はその卒業旅行なのだと思います。

 

 ちなみに、世間の大学生の多くが行くと伝え聞く卒業旅行には僕は行かなかったんですよね。南米にマチュピチュを見に行こうと友達に誘われてはいたのですが、修士論文のあと、別の学会で発表することにしてしまったので断ってしまいました。今思えば卒業要件とは関係ない学会なんて行かなくたってよかったかもしれませんが、ともかくそんなわけで、僕は卒業旅行というものには縁がなかったのです。僕の学生生活はなんとなく終わり、何となく就職のために上京しました。

 そのゲームはそんな僕にとっての卒業旅行の疑似体験です。終わりがあることを知った上で、残された猶予を楽しみ続ける、良くも悪くも夢のような日々です。

 

 さて、FF15の楽しい旅の終わりは、機械仕掛けの神の御業のように残酷で理不尽なものです。ゲームの中でも進んでいいのか?と確認を求められ、ある種の決断を元にその流れに入っていくことになります。

 起こるのは襲いくる沢山の理不尽であり、それはそれまで存在した旅の楽しさを破壊するものです。広く自由だった旅は、急転直下で狭く不自由な行軍に押し込められ、そこから抜け出すためのあがきを求められます。仲間との絆は破壊され、いつも一緒だった仲間たちを失い、たった一人の孤独な戦いを強いられます。仲間の大切さを再確認するためのシーケンスとしては、少々あからさま過ぎる様子ではありました。しかし、いつも一緒に戦ってくれていた仲間たちがいないということ、例えば、FF15ダンジョンは暗くて狭くて、探索するには怖いことも多いのですが、今までそこで仲間たちの軽口が響いていたことが、これまでどれだけ安心感を生み出していたかということを、まんまと確認せざるを得ませんでした。

 仲間と再会した安堵、そして再び一緒に戦ってくれることの力強さ、自分の代わりに、自分と一緒に、喜び怒り悲しんでくれる仲間たちがいるということを噛みしめ、迫りくる世界の終焉と、それに伴うであろう大きな喪失の予感に胸がざわつきます。

 

 「あなたは選ばれた」、これはRPGでは定番の台詞であり、FFの過去シリーズでもこの言葉は使われています。さて、「選ばれる」ことは果たして幸福なことでしょうか?ノクトくんは選ばれた青年です。そこに明確な理由はありません。彼は王子として生まれてしまったがゆえに、選ばれてしまったのです。見方を変えれば、彼は生贄です。この物語は藤子F不二雄の「ミノタウロスの皿」のようでもあります。

 ミノタウロスの皿では、牛の形をした宇宙人が人の形をした宇宙人を食べる星に、人間の主人公が迷い込んでしまいます。そこでは、牛に食べられることは喜びであり、人はそのために飼われています。双方とも知性があり、言葉を交わせる間柄でありながら、喰う者と喰われるものに別れてしまっているのです。そして、牛に食べられる人は、そのために選ばれたことに喜びを感じます。喜んで皿に乗り、牛に食べられようとする女の子に対して、主人公は何もできず見送るしかありませんでした。その女の子は選ばれし者です。彼女は、自ら進んで贄となります。果たして、彼女は幸福だったのでしょうか?

 

 ノクトくんは、自ら決意して力を受け入れ、真の王となります。それは人であることをやめることであり、悪を倒すための犠牲となる道です。引き返すことのできないはずの一本道です。彼のために犠牲になった人々が、彼が引き返すことを阻む理由となります。世界は闇に包まれ、その終焉を回避するには、悪を倒さなければなりません。そのためにノクトくんは真の王とならなければなりません。彼らの旅は、守るべきものを、人々の生活を見てしまいました。彼は自らの意志で皿の上に乗る生贄なのです。その責任を取らされるに値するほどの罪を、彼は何一つ犯してはいないのに。

 

 一方、この物語のラスボスとなる男もまた別の種類の生贄です。彼はかつて、その身に他者の病を取り込むことで人々を救った英雄でした。しかし、悪しきものを取り込み過ぎた彼は、それによって呪いとも言える永遠の命を獲得し、彼自身もまたまた悪しきものとして迫害されることになります。人々のためにその身を犠牲にしたこというのに。彼はその復讐心につけ込まれ、この星にあだなす者としての役割を演じていくこととなりました。

 

 彼らの最後の戦いは、善なるものと悪なるものの代理戦争でしょう?(説明が省略されている部分が多いので確証は持てませんが)代理となる彼らはそれぞれその犠牲者であり、だとすれば、ただただ哀れな存在です。皆に守られた世間知らずのお坊ちゃんは、ついに、自分の意志で犠牲となることを選ぶ大人の男になりました。しかし、それは幸福なことだったのでしょうか?僕には哀れに思えます。その運命から逃げることができなかった、許されなかったノクトくんの存在はとてつもなく悲しい。これはとても悲しいお話です。

 彼はその旅の終焉に一枚の写真を持って行きます。それはプレイヤーに任された選択ですが、僕が思うに、そこで何の一枚を選ぶかは大した問題ではありません。その一枚を選ぶために、今までの旅の中で撮ってきた写真を見返すことこそが、このゲームの一番のポイントではないかと思います。

 僕の手元には100枚ほどの写真がありました。それは、一枚一枚があの楽しかった旅の毎日の中で、毎夜選んだ写真です。僕が自分の意志で「良い」と思って残した思い出の集積です。だから、一枚一枚に見覚えがあり、そこには何らかの僕の意志と決断があったのです。その一つ一つの決断を思い出したこと、ゲームを始めてわずか40時間ほどでしたが、これまで歩いてきた道を思い出したこと。最初は何を残せばいいか分からずに、適当なものばかり選んでいた自分の決断を思いだし、後半になれば150枚までという縛りを意識して、印象的なものだけに絞ろうとしていた自分の気持ちを思いだし、最初から最後までを吟味しました。

 結局選んだのは、何の変哲もない一枚です。ゲームを適当に進めていれば誰でも手に入るような一枚です。でも、それを選びたかったわけですよ。なぜなら、4人みんなが写っているからです。幽遊白書の仙水編の最後じゃありませんが、この中の誰か一人が欠けても嫌だと思ってしまうわけです。

 

 そんな平凡な写真を手にしてノクトくんは大きな決断の道を選びます。その一枚は僕がしてきた100枚の決断のあとの、最後の決断を乗り越えて成し遂げられます。僕は彼の自己犠牲を思うわけです。かつての弱々しかった青年は、物語の中で強制的な十年の時を経て、大人の顔をして、凛々しく最期の戦いに向かいます。それは誇らしく、寂しく、悲しいことです。

 

 で、ですよ。エンディング見た人は分かると思いますが、あれですよ。やっぱりあれだったわけじゃないですか。人はそんなに簡単に大きくは変われないわけですよ。それを噛み潰して、何でもないような顔をして一歩足を踏み出すわけじゃないですか。色んなことを我慢して、彼は進んで生贄になるわけですよ。彼が体験した最後のモラトリアムは、本当に最期の、最期になってしまった楽しかった思い出になるわけですよ。その楽しかった時間を提供したのは誰ですか?他ならぬ僕自身じゃないですか。

 僕がこのゲームのプレイヤーとしてやったことは、死にゆく運命を背負わされた、哀れで悲しいノクトくんに、最後の楽しい時間を作ってあげられたということではないかと思いました。だから僕は40時間でクリアしてしまったことを少々後悔したわけです。もっともっと楽しい時間を長く続けられれば、もっと色んな沢山の思い出を作っておければよかったのにと。

 

 エンディングの最後の最後のシーンについては、あれが何を意味するのか手がかりがないので、ゲームとしては好きに解釈してくださいということだと思います。僕は、あの光景は「ノクトくんの魂は救済されたよ」ということじゃないかと思っていて、彼は犠牲となったし、彼以外にも多くの人々が犠牲になったが、それは決して悲しいばかりのことではないということであって、やるせない気持ちを癒してくれるこの物語の優しさではないかと思いました。

 

 これは僕がこう思ったということだけで、正しい解釈が何かは分かりませんが、とにかく楽しい旅を続けられたということがこのゲームをやって良かったということです。そして、クリア後に再開すれば、まだまだ新しい思い出を増やせます。DLCも待ってます。

 僕はその後の辛く悲しい運命を受け入れるノクトくんを知ってしまっていますから、今回はまだまだそこに行く必要はないぜ~と思いながら、チョコボに乗って遠くに行き、どうでもいい敵を倒して帰ってくるだけの時間や、一日釣りをするだけで過ぎていく時間、どこにあるんだか分からないものをぐるぐる歩き回りながら探したりする時間、空から降って湧いてくる鬱陶しい帝国兵をしばき上げたり、まだレベル的に倒せない敵に出会ってしまって、命からがら逃げてきたり、そんな日々をまだまだ過ごしたりしています。

 

 それが逃れられない運命を背負った男に対して、僕がしてあげられる唯一のことであるからです。そしてなにより、僕自身も彼らと旅することが楽しくてたまらないからです。