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漫画皇国

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RPGの作り込み問題(妖怪ウォッチ2雑感)

 「妖怪ウォッチ2真打」をクリアしました。大体1ヶ月ぐらいでプレイ時間は25時間程度です。クリア後の要素も沢山あり、コンプなどをしようとすると100時間ぐらいはかかってしまいそうな予感もします。で、僕は最近リメイクものを除いてRPGをあまり熱心にやっていなかったこともあり、色々と浦島太郎のような気持ちでプレイしたので、その辺と、僕がRPGについて思っていたことのギャップなどについて書こうと思います。

 

僕のRPG

 僕が最初にプレイしたRPGファミコンドラゴンクエスト2(以下、ドラクエ2)なのですが、この頃のRPGにおける町や村は抽象的な感じでした。抽象的というのは、ゲームの進行上に必要な要素しかないという意味です。つまり、ゲームとは関係なく、この町で人が生活しているという視点を持ち込んだ場合に、色々とおかしな描写が目立つということでもあります。

 例えば、カウンターと壁しかない道具屋では、店主がどこから出入りしているのかや在庫をどこに置いているのかなどが分かりません。村人の家に入っても、家族に人数に対して少ないベッドの数しかなかったりします。風呂はたまにあってもトイレはなかったりします(中世なのでその辺でしていたという解釈もありますが)。色々おかしな点がありますが、それは別にそれでかまいません。なぜならゲームの進行上、道具屋は道具を売る役割を持った人でしかなく、村人は冒険に有効な情報をもたらす人でしかないからです。彼らがどのように日々生活しているかということは、ゲームの進行にとってはどうでもいいことなのです。ですから、容量や表現力に制約があるこの時期では、省略されてしかるべきだと思いました。

 一方、ハードウェアの進化に伴い、色々と表現が可能になりました。家にある小物を作り込んだり、より立体的で複雑な街並みになったりします。それは素晴らしいことである一方、ジレンマがあると思っていて、抽象的な嘘っこの町と比べて、具体的に作りこまれた町は、リアルな一方、ゲームの進行上は必要とはいえない要素が大量に盛り込まれるということです。例えば抽象度が高い場合、街に必要な情報源を提供する要素や、武器屋防具やなどの店を狭いエリアに集中して配置することが可能になります。それはプレイヤーにとって目的を果たす上では便利なことです。しかし、具体的に作り込まれると、例えば武器屋の扉を開けて中に入り、買い物をして、外に出て複雑な地形の町中を移動し、防具屋の扉を開けて中に入り買い物をするということが必要になります。もちろん、店の外に窓口があったり、同じ建物の中に両方を配置するなどの工夫はされるので、必ずしもいつもこんなに面倒ということはありませんが、武器屋防具を買いたいという目的を達成するためのプロセスが表現力の進化に伴って、少し面倒になったりしがちだと思います。

 

 僕は、この辺が、RPGのプレイ時間の長時間化にも関わっている気がしていて、フローチャートで描けば同じイベント数であったとしても、具体的に作り込まれた表現的にリッチなRPGの方がプレイ時間は何倍にもなるのではないかと思うのです。昨今のRPGでは数十時間のプレイ時間は当たり前ですが、攻略サイトのフローチャートを確認してみると、昔と比べて意外と、あれ?これだけ?と思ってしまったりします。増大しているのは間に詰まっているディテールではないかということです。

 もちろん、ディテールはとても重要なもので、街ごとの風景の違いや空気感、生活している人々のリアル感は物語への没入感を深めてくれるガイドレールになると思います。また、キャラクターの表情や演技の詳細さは、ストレートに感情に訴えかけてくるものです。これは戦闘でもそうで、昔のゲームであれば予備動作なしに攻撃し、移動してもワープして元の場所に戻るような描写がありました(ここで僕が想定しているのはファイナルファンタジーシリーズの戦闘です)。しかし、リアルな頭身でリアルな動きを追究すると、どうしても予備動作やフォロースルー、移動などのディテールが追加されなければ不自然に感じてしまうのではないでしょうか。また特にファイナルファンタジー7以降における召喚獣の描写などは、とても格好よく、良いものも多いですが、こと何度も行う戦闘に登場することを考えた場合、それなりに長い描写を何度も見るということになり、戦闘自体のテンポを損なうという欠点もあると思います。

 このように、表現力の増したRPGでは、ドット絵では表現できなかった多くのものを得ることができたと思いますが、一方、ゲーム進行が遅くなってしまったり、面倒事が増えるというような、ドット絵時代から失われてしまったものもあるはずです。このトレードオフにどのように折り合いをつけるかという問題と、また、ディテールを作り込むには時間もお金もかかりますから、その手間をどう考えるかという問題があるように思いました。

 

ファイナルファンタジー13(以下、FF13)について

 この問題に対する一つの答えを、僕はFF13だと思ったのですが、FF13の道程はほぼ一本道です。多くのRPGのシナリオ自体は昔も今も一本道だと思うのでそれはいいのですが、FF13では、ダンジョンのように多くの道筋がある中から正解を探索するというものや、複数の町を行ったり来たりしながら、人々に話を聞いて謎を解いていくというような迷う部分がほぼなく、一本のレールの上に乗っているように移動と戦闘が進み、製作者の意図通りに物語を体験していくというような作りになっているのです。この解決策の良いところは、不要な部分をばっさりと切り落とし、レール上にある必要な部分の作り込みだけにリソースを割くことが出来る点であると思います。さながら遊園地のレールアトラクションのように、見えるところだけ作り込んでおけばよく、裏側は張りぼてでもよいわけです。

 他にも、道具屋や武器屋のようなものは、セーブポイントと一体化されることで、いちいちそれらの店を探す必要がありませんし、戦闘ではプレイヤーは戦略の指示を適切なタイミングで行うということだけに集中して細かい指示をオート化する、オプティマ(後にパラダイムシフトと改名)というシステムとなっていました。これも、バトルのテンポを崩さないままに、細かいディテールを描写することを可能にした解決策だと思います。

 このような大胆な割り切りを行うことで、プレイヤーに物語を体感させるという部分にリソースを集中させるという試みがFF13であったのではないかと思われますが、おかげでRPGというよりはアクションゲームに近いノリになったように思いました。僕はこれを面白いと思いましたが、ここで切り落とされた部分にRPGを感じていた人からすると、こんなものは自分が期待していたRPGではないと思ってしまうのではないかとも思います。

 

携帯ブラウザ用RPGについて

 このようなそれまでのRPGからの大胆な省略行為を行った事例としては、他に、携帯電話のブラウザ向けゲームがあると思います。スマホ以前に一大隆盛したこれらのシリーズでは基本的にテンキーの「5」を押していれば、クエストが進み、レベルが上がったり、新しいモンスターのカードが手に入ったりします。定期的なイベントが開催され、基本的にはボタンを連打していればそれらはクリア可能です。他にプレイヤーが行うべきことは課金コンテンツを含めたリソース管理であり、どのタイミングで何を使うかや、モンスターをいかに合成してデッキを作るかという部分で、そういういうことをしつつ、次々と始まるイベントに対して延々と「5」のボタンを押し続けることになります。

 当時、僕がそれらをプレイして思ったことは、これはRPGだなあと思ったということでした。なぜなら、小学生ぐらいのときに僕がプレイしていたRPGでは、僕は実はあまり謎を解いていなかったからです。ドラクエ2で、どこにいるか分からないサマルトリアの王子を探すときも、友人が、こことこことここを順番に回ればいいと教えてくれましたし、盗賊ラゴスの居場所も教えて貰いました。戦闘といえば、たまにホイミで回復する以外は基本的に「たたかう」を連打、敵を弱体化させる呪文を使うなどの考えももっていませんでした。

 問題はそれでとても楽しかったということです。レベル上げをしているだけでも楽しかったのです。事実、ドラクエ4では、ラスボスを倒した後でも延々とレベル上げをしていて、たまに気が向いたらまたラスボスを倒して、またエンディングを見るなどということをしていました。ちなみに初めてクリアできたのは4であり、それまでにプレイした1と2と3は結局クリアできませんでした(後にリメイク版でクリア)。クリアできなくても楽しかったわけなのです。謎が解けなくても楽しかったわけなのです。やっていたことといえば「たたかう」を選んで、レベルを上げることが主な業務です。となれば、夢中になったファミコンRPGと、携帯ブラウザRPGの差はとても少ないです。

 

 これらのように、昔の僕が夢中になったファミコンRPGは、今に至るまで地続きで、どの要素を重要だと考え誇張し、どの要素を重要でないと考え省略することで、FF13になったり携帯ブラウザRPGになったりするのではないでしょうか?どちらが正しいかは人によると思います。実際、FF13の続編では自由に探索する要素が追加されましたし、携帯ブラウザRPGでは、スマホへの移行にも伴いパズル要素などが追加されたりしています。そこではまた、客層を考え、何が重要で何が重要でないかを再検討するタイミングがあったのだと思います。


妖怪ウォッチ2について

 さて、ようやく本題の妖怪ウォッチ2ですが、これは高度な作り込みが行われているゲームだなと思いました。僕が感じたことでは、このゲームの主役は町や村や山です。マップです。異様に作り込まれたマップの中をプレイヤーは探索し、その中で数々の妖怪と出会うことになります。この異様に作り込まれたという印象をどこで得ているかというと、主人公の家の間取りなどです。これが実際に人が住めそうなリアルな間取りなのです。当然、風呂もトイレもありますし、台所もあります。省略がされておらず、人が住めそうな感じです。金持ちの家は金持ちっぽい間取りで、普通の家は普通っぽい感じです。主人公が家に上がるときには靴が脱がれたりもします。それでいて、縮尺的には不便にならない程度のバランスに落とし込まれているのです。

 これは他の施設も同様で、例えば、小学校では一年生から六年生までの教室がしっかり存在していますし、特別な教室や職員室、トイレも存在しています。これらがリアルであるということは日常に存在する妖怪が登場する場所として必要なことであり、省略しないことに意味があります。

 さらには、電車で移動するときには、途中の駅の全てで降りることが可能で(さすがに一部の場所以外ではホームの外には出られませんが)、初めてお婆ちゃんの家のある田舎に向かうときの長旅感とかもあるわけです。山に向かえば神社や川や洞窟や景色の見えるスポットなど、色んな場所を探検できるわけです。車の下や、自動販売機の下、木や電柱などを調べれば、虫が捕まえれれたり、アイテムが手に入ったり、妖怪に遭遇したりします。これらの作り込まれたマップを探索するだけで、発見があり、それがこのゲームで僕が面白いと感じたことのひとつなのでした。作り込まれて面倒になりましたが、その面倒さに楽しみを見出すと言う方向性です。結果、歩き回って色んな道を把握し、困っている人を見つけてクエストをこなしたりしているだけで、本筋を進めなくてもどんどん時間が過ぎていく感じでした。

 

 これらの作り込みが可能であるということは、おそらく前作から引き続いて作り込まれている町であるという要因と、主人公が色んな町を渡り歩くように旅をする種類のRPGではないという要因があると思います。全ての町やダンジョンを移動して通過するだけのFF13とは対照的ですが、妖怪ウォッチでは舞台は基本的に同じ町なのです。同じ町の中を歩き回ってそこに詳しくなっていくという要素が、そこに詳細な作り込みを行えるということの基盤にあると思われます。そういう意味でいうと、このゲームは「龍が如く」シリーズに似ているとも言えます。あれも、神室町という歌舞伎町をモデルにした作り込まれた街を舞台に、街のあちこちで起こる事件を解決していくゲームだからです。

 さらに、妖怪ウォッチの良いところは、普通に歩いているだけでは敵に遭遇しないということもあります。探索したいときは、敵に遭遇することを気にせず探索でき、敵と戦いたいときには、裏路地でシンボルエンカウントする敵と戦ったり、街中で妖怪ウォッチで能動的に発見した敵を戦うことができます。探索したいときに敵に遭遇すると、プレイヤーからすれば割り込み処理になりますから、鬱陶しいと感じてしまいがちですが、その部分が排除されていますし、敵に遭遇した場合でも戦闘は基本的にオートで処理され、プレイヤーは必殺技の指示や、狙う敵の指示、攻略法の指示などの要素に限定してくれています。さらにはボタンひとつで早送りになるため、ザコとの戦闘では、早送りボタンだけを押して、よそ見して本を読んだりしていても大丈夫です。攻略法のあるボスを倒すときや、特定の妖怪を仲間にしたいときを除いて、とにかく楽というのが戦闘に関する雑感でした。

 このようなプレイヤーの不快感を排除する仕組みは随所に見ることができ、要所要所に「うんがい鏡」という妖怪がいて、移動に時間をかけずにワープすることができますし、妖怪のデッキもオートで選んでくれたりします。凝ったことをやりたいと思えばそれなりに手数が必要ですが、楽をしようと思えばとことん楽をできる仕組みです(ダッシュがスタミナ制であるなどの面倒も若干残っていますが)。

 ボスの攻略方法もちょっと頭を使う部分もありますが、レベルを上げたり強力な妖怪を手に入れれば、必殺技の指示や回復アイテムを使うぐらいの簡単な操作だけでクリアできる難度ですし、ストーリーでは、次に行くべき場所を懇切丁寧に指示してくれます。この、指示される要素は、僕からすると親切過ぎて作業感があり、あまり好きではないのですが、対象プレイヤーとして小学校低学年を考えると、かつてろくすっぽRPGをまともにプレイできていなかった自分が思い当たるので、これは必要な親切なんだろうなあと思いました。僕はドラクエ2をクリアできませんでしたが、今の小学校低学年の子供は妖怪ウォッチ2を時間をかければクリアできる可能性が高いと思います。また、ここには、妖怪メダルによって強力な妖怪を序盤でも手に入れられるという要素が効いてくる感じもしました。

 

 プレイ雑感としては、とにかくよく作り込まれていて、かゆいところに手が届く感じです。大人からすると基本の難度がぬるくは感じますが、やりこもうと思えばやりこめる要素が沢山あると思います。なにより、僕はこのゲームにつぎ込まれている色々な要素の半分もまだプレイしおわってないという感じで、まだ全てを総括できる感じではないと思いました。

 

まとめ

 子供の頃にファミコンRPGに夢中になった僕ですが、今のゲームも、その要素を引き継いでいるように思っています。その引き継がれている部分がどこであるかには、ゲームごとの思想があり、何を是とし何を否とするかを決めるのがそのゲームの個性なのだと思いました。とりわけ、ハードウェアの進化によって、今のゲームは昔のゲームに比べて作り込みが必要となっているように感じていて、とはいえ、昔のゲームより価格をそのぶん高額に設定することも難しいですから、どこかでバランスをとらなければいけないという問題も生まれます。それが、一本道にしたり、レベル上げ的要素以外を排除したり、一つの町を作り込むことに注力するなどの、それぞれの対応の方法として現れているように感じました。

 なので、結果的に昔以上にRPGという言葉が内包するイメージに多様性が生まれているように感じていて、え??RPGってそもそも何なんだっけ??と書きながら思ってしまう感じでした。考えようによってはどれも同じ種類のゲームですし、考えようによっては全て違う種類のゲームだと思います。不思議ですね。

 ともあれ、次にプレイ予定の「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」のリメイク版が発売になる来月まで、もうしばらく妖怪ウォッチ2真打のクリア後要素をやろうと思います。

 

 ちなみに、上で引き合いとしてFF13のことを書いたのは、最近、ピコピコキャストさんFF13の話がされていて、僕の記憶が掘り起こされたからだということを付記しておきます。それでは。