読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

漫画皇国

Yes!!漫画皇国!!!

読書の偏りについて

 さて、みなさんは何を手がかりにして新しく読む本を探しているでしょうか?それには色々な経路があると思うんですけど、例えば漫画で言えば雑誌を読むというのがあります。その雑誌には今既に読んでいる連載があって、そのついでに新しく始まった連載がありますから、雑誌を読んでいる限りは自然に新しい漫画を読むことになります。例えば小説を読んで面白かったら、同じ作家の小説を読んでみたり、実用書なんかを読んでいると、その本の中で引用されている別の本に興味がわいたりなんかもすると思います。これらは本を読んで本を読むという方法です。

 また、世の中には別の方法もあります。他人から薦められるというものです。誰かが面白いと言った本を自分も読んでみるということであったり、例えば売り上げランキングや書評、なんとか大賞みたいなものも同じ種類のものだと思います。

 読書家と呼ばれる人は主に、本を読んで本を読むということをしている感じがしていて、そうでもない人は他人の薦めている本を読むという感じではないかと思います。では、それらの違いはどこにあるでしょうか?

 

 単純に考えると他人の薦めている本を読むという行為をみんながするようになると、偏りが大きくなるのだと思います。例えば、誰かが薦める本はその前に他の誰かがその人に薦めた本である可能性が高くなるからです。上手いことお薦めの波に乗れた本は一気に沢山の人に伝搬しますが、乗れなかった本は多くの人がそこに到達できずに終わったりします。例えば面白度という数値があったとして(こういう一意に何かを定める考え方は好きではないですが)、面白度100の本と面白度60の本の場合、前者が100万部売れたすれば、後者は0.6倍の60万部ぐらい売れそうな感じもしますけど、実際は0.6*0.6倍の36万部や、0.6*0.6*0.6の21.6万部みたいな感じの差がつきそうな感じです。計算式は適当ですが、読んだ人が他の人に薦めるかという観点からいくと、最初に手にとられるかとか、それを薦めたくなるかというのは要所要所で掛け算で効いてくるものだと思うのです。

 つまり、僕の考えて言うと、ランキングやレコメンドに頼る読書は、売れる本と売れない本をより明確にくっきりと分けるものではないかということです。また、それについて語るということに楽しみみたいなのがあるとすると、より多くの人が読んでいる本の方が重宝されますから、より加入者の多いところが便益が増加する「ネットワーク外部性」みたいなものも関わってくるかもしれません。自然な流れとして、売れる本と売れない本は差がつきまくってしまいますし、実際市場を見てもその傾向はあると思います。本自体の面白さの差以上に売り上げに差がついてしまうということです。

 それは本を束で扱える出版社的に言えば大きな問題ではないかもしれませんが、自分の食い扶持に関わってくる著者にとってみれば、あまり幸福なことではないような気もします。ただ、一発当てればすごいというギャンブル性は高まるので、山師的な思考の人からすると良いのかもしれません。

 

 もし、みんなが雑誌を読むなりして、本を読んだ結果、次の別の本を読むことにすればこの偏りは今よりは緩やかになるかもしれませんが、多分そういう時代はもう戻ってこないような気もします。なぜなら、ランキングやレコメンドを信頼した方が、気軽の面白い本を引き当てられて便利だからです。だから、どうしようもないなあというのが最近僕が感じていることです。

 

 それはそうと、ランキングやレコメンドほどあからさまではないにせよ、本を読んで本を読むみたいな方法も偏ってはいます。なぜならば、それはインターネットで言うとリンク集を辿っているような方法ですから、どうしても到達できない場所があるからです。ランキングをソーシャルブックマーク、レコメンドをSNSみたいなものとして喩えてみると、その方法は古き良き(?)インターネットのホームページ文化みたいなものです。こう喩えてみると、廃れたのも同じだなあと思ってしまいますね。

 ここで気になるのは、インターネットでは一般的なあの方法が読書にはないということです。つまり「検索」です。インターネットでは、何かについて調べたいときに一般的に検索を使ったりしますし、それによって、リンク集を辿ったり、SNSソーシャルブックマークを漁ったりしても到達できないウェブサイトに辿り着いたりできます。でも、読書にはそういうことはあまりありません。

 さて、僕は、ここ何年か近代デジタルライブラリーというサービスを使って、調べ物のために昔の本をぼちぼち読んでいたりするのですが、その方法がまさに検索です。近代デジタルライブラリーは明治や大正に出版された本のスキャン画像が読めたりするのですが、例えば本の中の章タイトルなんかの言葉を検索をひっかけることができます。それによって、僕は見たことも聞いたこともないような著者で出版社の本を発見し、読むことができるようになっているわけです。これが実際とてつもなく楽しいのです。ちなみに本の中身で検索するのは、Googleもとっくにやっているのですが、まだ一般的にはなれていません。また、漫画で言うとJコミというサイトが、絶版になった漫画を広告つきで無料公開しており、部分的に台詞検索に対応しているようです。

 これは強く主張したいんですけど、検索がなければ読むこともなかったであろう本に出会えるということはとても楽しいです。なので、これによって沢山の漫画やなんやらに当たり前のように検索で到達できる世界が来ると素敵だなあと思います。例えば「毒手」という技が出てきた漫画を横断検索して読み比べるとか、僕はとてもしたいですし、新しい楽しみ方が気軽にできるようになる感じがします。他の人は別にしたくもないかもしれませんが。

 

 そういえば、今の読書にはまだあまりないものがもうひとつあります。それはタグ付けです。例えばニコニコ動画なんかでは、動画につけられたタグを元に色んな動画を見るような文化がありますけど、一般的な読書にはあまりないように思います。ただし、男性向け女性向け問わずアダルトコンテンツの検索サイトや販売サイトみたいなものには、エロのシチュエーションやカップリングをもとに好みの作品を絞り込むみたいな機能があるみたいですね。進んでいます。

 こういうのがもっと一般的になってくれば、特に何というわけではないけど、ヤンキー漫画が読みたいというときとか、異世界トリップものの少年漫画が読みたいとかいうときに今まで聞いたこともないような作者でタイトルのものを手に取るということもあるかもしれませんね。

 

 個人的な好みの問題として、一部の本だけに人気が集中しやすい昨今の状況というものはその合理性は理解しつつも、あまり歓迎していません。なぜならば、わけのわからない雑多なものが沢山あるという状況が好きだからです。なので、あまり一極集中しすぎない感じのことになってほしいなあという願望みたいなものと、そのためにはどういう方法がありうるのか??みたいなことを書いてみた感じなのでしたとさ。